1月18日 阪神大震災

昨日神大震災発生から28年が経ちました。あれは本当に酷かった。当時私が在職していた会社の本社が神戸三宮にありそのビルの2,3階がつぶれてしまった。もし震災が就業時間帯だったらとんでもない被害が出ていた。発生時からテレビのニュースは被害の模様を伝え始めたが時間がたつにつれ尋常ならざる事態であることが分かりだした。阪神高速道路が横倒しに倒れ阪急伊丹駅が倒壊しいたるところで道路が寸断しあちこちで発生する火事にも消防車が出動出来ない、家の崩壊による被害者救出活動もままならないとの報道。テレビでは長田区での火災が激しく広がっていくのを実況していました。6千数百人の犠牲者を出し家を失くした人たちが公園などの空き地に建てられたテントで寒さをしのいでいる姿も映し出された。神戸に住む友人の安否は電話、携帯不通の為確認できず。後日幸いにも社内での被害者はいなかったと聞きほっとしたのを覚えています。

1月17日 営業担当者の雑記

1995年1月17日午前5時46分連休の翌日でした。阪神大震災。当時私は千葉に住んでいましたが前職の本社はビルの2階がつぶれ1階とくっついていました。神戸市役所も途中の階が無くなっていました。早朝だったので社員はまだ出勤していず最悪の事態にはなりませんでしたがもう少し時間が遅ければとんでもないことになっていました。京阪神間の大動脈阪神高速が信じられないことに横倒しになっていました。そのうちに火事が発生しどんどん広がり街を焼き尽くし始めているのがテレビで実況されています。火勢が強いのと道がせまいので思うように消火活動ができません。結局6000人を超える方々が亡くなり物凄い数の犠牲者がでました。神戸三宮に住んでいる同期がその西方須磨区に住んでいる同僚と連絡が取れないので心配になり車が通れない道をバイクで大難儀の末食べ物を届けたら大泣きされたという話を後日聞きました。美しい街神戸が崩れました。正に地獄絵でした。