7月14日 鎌倉瑞泉寺の庭

今日の日経夕刊「プロムナード」に作家の米澤穂信という方が鎌倉瑞泉寺のことを書いていました。彼は庭園に一家言お持ちのようで「庭というものには、この世界をどう捉えているかの哲学が表れるー小説や絵画や音楽がそうであるように」とおっしゃる。宇治の平等院がこの世に極楽浄土を顕現させる、駒込の六義園は歌枕を模しているなどと始まりさて瑞泉寺は?瑞泉寺の庭を知らないわけではなかったが眼前に現れた庭に言葉を失った、お堂の裏側にある庭には崖に沿って巨大な「うろ」、「やぐら」があり荒涼とした景色に死の暗示を感じるといいます。この庭を造った夢窓疎石は京都天竜寺の庭も作っているがこれほどまでに死と無を暗示してはいないともいいます。私はこの寺の早咲きの黄梅がとても見事でまた梅も山の上下で時期が違い毎年楽しみにしていますが「庭」をこのように見ている人がいるとは!「よろずにその道を知れる者はやんごとなきものなり:徒然草」