3月6日 読売歌壇栗木京子

今週の選は「白鵬の断髪式に思ひ出すお父さまといふ美しき呼び名:大武美和子」この作者も感じたのですね。私も白鵬の断髪式で娘さんがお礼の言葉をのべていたのだがその時白鵬に向かって「お父様」と呼びかけたのには驚きました。なんとなんと今や死語かと思っていたこんな言葉を使うとは。私などは子供へのしつけが甚だできていなく娘は「おとん、おかん」と呼びます。息子たちは何と呼んでいるかなア。多分面と向かっては呼ぶんでないように思います。私は小さい時は「とうちゃん、かあちゃん」小学高学年から学校のみんなに合わせ「お父さん、お母さん」と呼び始めたように記憶しています。亡くなった両親のことは今下の名前で呼んでいます。世間ではパパ、ママが圧倒的に多いのでしょうが一部お坊ちゃま、お嬢ちゃま学校ではまだ「お父様」は残っているのでしょう。それにしてもモンゴル出身の白鵬の娘さんから美しい言葉を聞かせてもらいました。

3月3日 米朝の新作発見

昨日の新聞に7年前に亡くなった人間国宝の落語家、桂米朝さんの新作落語草稿が自宅で見つかったと報じられていました。彼は戦後の混乱期に落語が衰退してしまうのを恐れ必死で落語を収集しその語りを後世に残すために本人が落語家になったともいわれています。学研肌の人のようだが話はばかばかしくししっかりと大阪商人の言葉をしゃべる落語家でした。あえてそのようにいうのもいわゆるテレビで見る少々うるさい大阪弁が一般的になっているからなのですが。とにかく古い話を再興し実際に高座に挙げた(私はその功績が人間国宝級だと思うのですが)まったくもって落語界の大恩人です。というわけでもっぱら古典だと思っていたのですが新作も作っていたのですね。裏紙のメモなどから米朝30歳半ばの作のようだとのこと。会話文の形ではないとの事で息子の米團治が話を練り上げネタにするのかもしれません。親父が作った噺を息子が仕上げるというのも乙ですね。

3月2日 東大寺修二会

3月1日から2週間に亘り奈良東大寺で修二会が催されます。私は実際に見たことはないのですが奈良時代から休むことなく1200回以上続いているというこの儀式はいろんな人が感想を述べており一度は拝みたいもんだと思っています。12日目のお水取りや松明が有名ですが実際にはこの期間中修業を許された若い僧たちが全身全霊を投げうち世界平和などを祈るものなのですね。かつて芭蕉もこの儀式を見たことがあるようで「水とりや氷の僧の沓の音」の句を作っています。沓は木靴みたいなんものでこれを履いて様々な修行に走り回るのですね。私の好きな白洲正子さんの随筆にもこ荘厳な場面が描写されています。旧暦2月すでに厳冬期は過ぎたとはいえ夜中の寒さはまだまだ厳しいものがあるのでしょうが僧侶たちの一心不乱の祈りは熱気を帯び声明は厳かに響き渡るのでしょう。今年は東大寺修二会の声明が5月に大阪フェスティバルホールで聴けるとのことです。

3月1日 ロシアの俳句

昨日の日経夕刊「あすへの話題」に翻訳家の斎藤真理子氏が「ウクライナ」と題し「俳句が伝える戦時下のロシアーロシアの市民、8人へのインタビュー」という本の中からロシア人のオレクさんがロシア語で詠んだ句を紹介していました。「二月 川面に穴 ルーシの水すべて黒し」ルーシというのは1000年ほど前に栄えたキエフ・ルーシの事でプーチン大統領のいうロシアを指しているようです。今は一面凍り付いている川の一か所が溶け穴が開いておりそこが真っ黒に見えた様子を詠んだ句というが実はウクライナ侵攻のことをいっているようです。穴は一か所ではなくそしてその穴はどす黒く濁っているのですね。暗黒の世界とでもいうのでしょうかあるいは悪で覆いつくされているとでもいえばいいのでしょうか。公には戦争とは言わず特別軍事作戦と称されあからさまには物を申せない彼らの暗喩のようです。もう一句「たんぽぽに青い空 至る所に ウクライナ」

2月27日 読売歌壇栗木京子

今週の選は「切断した右手中指のいとしさよ春になったら芽吹くといいね:小暮みち子」これはなんといえばいいのか。学生時代家業を手伝っていて旋盤で指を2本切断した先輩がいました。すぐに切断部分を縫い合わせ外見はくっついてるように見えますが神経は繋がっていないので自由には動かせません。ハンドボールのキーパーだったのですが痛みを感じないと危険なので選手は止めました。私は頸椎が神経を圧迫し今指が動かしにくい状態でとても不自由です。切断に比べればはるかに軽症ですがとてもこの作者のように前向きにはなれません。パラリンピックで活躍している選手たちも無くなったり不自由になった体を悔やむのではなく残っている部分を最大限に活かし健常者ではありえないパフォーマンスをしています。「悔やんでも詮方ないなら前向きに」とは心の持ちようなんでしょうがなかなか出来ることではありません。ましてや作者のように笑いにしてしまうとは。

2月24日 ウクライナへの侵攻

ロシアがウクライナに正当な理由もなく侵攻してはや今日で1年になります。クリミヤへの侵攻が極短期間でしかもほとんど無血で成功したのでロシアは高をくくっていたのだろうとかウクライナはそれをしっかり検証し十分な対策を立てていたからだとかいろな人が様々な解説をしています。確かに国の大小からみると圧倒的に強い筈のロシアが大苦戦しているのは間違いないのでしょう。しかしいずれにしても連日多くの兵隊が民間人が犠牲になっていることだけは確かです。戦争は勝った方が正義だといいます。どんな発端であれ勝った方が敗者を管理します。今回は誰が見てもどこから見ても悪いのはロシアです。でも万が一ウクライナが屈服したらロシアの言い分が通ってしまいます。正義も民主主義もへったくれもありません。そういうことなのですね。始めてしまった戦争をどのように終わらせるのか飛んでもない難題なのは分かっていますが無神論者の神頼みです。

2月22日 桜開花予想

日経夕刊に気象情報各社の桜開花予想がでていました。各社は昨年よりも早い開花を予想しています。因みに東京の開花予想日をウェザーマップは3月17日、ウェザーニュースは3月20日、気象協会は3月22日としています。開花が早めになる理由の一つは昨年12月中下旬や今年1月下旬の強い寒波の襲来で花芽が休眠から覚める「休眠打破」が起き、その後の成長が順調に進んでいると考えられるためという。但し今年の冬を通してみるとかなり暖かい日もあり地域によっては休眠打破が不十分だった可能性もあるんだとか。偏西風の蛇行だとかフィリピン沖の海域における上昇気流の活発化、熱帯太平洋のラニーニャ現象の影響などなどまだ不確定要因が多く何かのはずみで大気の流れが変わり嵐の発生や気温の乱高下が起きても不思議ではないとのこと。開花遅れもあり得るので花見計画は焦らず最新の気温予報をもとに立てるのが良いと日経新聞は申しています。

2月21日 梅の季節

しばらく朝夕と香りと愛らしい花を楽しませてくれた我が家の鹿児島紅梅もボチボチ終わりに近づいてきましたが近所の庭の白梅がようやく開いてきました。また関東近郊の梅の名所が連日テレビで紹介されていますのでメモっています。ところで「梅」といえば青梅。最初に見たときはこんなにきれいで整備された梅林が他にあるのだろうかというほどの景観に圧倒されたのを思い出しますが、もう13年前になりますかウメ輪紋ウイルスにやられ4万本ともいう梅の木を全部伐採してしまいました。しばらくは土も汚染されており2016年になってようやく1200本の梅を再植林しました。あれから7年毎年市の案内を注意しているのですがまだまだ往時のすばらしさにはいたっていないようです。梅は花が小さいので相当沢山の木がないと遠くからでは目立ちませんが青梅の梅林は小高い丘に植わっており遠くからは花霞、中に入ると花と香りに包まれ幸せな気分になります。

2月20日 読売歌壇栗木京子

今週の選は面白いテーマです。「統合後の新名称は科学大ピンとは来ぬが慣れて親しまむ:三沢康正」東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して仮称ですが東京科学大学になったのですね。ともに国立の名門大学でしたので卒業生、関係者はその名前がなくなるのには抵抗もあるのでしょうがこれも時代の流れなのでしょう。過去にも東京水産大学と東京商船大学が統合して東京海洋大学にまた旧都立大学と東京科学技術大学など4校が統合し首都大学を経て都立大学になどの例があります。大学法人になってから各大学は経営のことも考えなければばならず昨今は大学進学率が50%を超えているようですがなにしろ少子化の影響で大学の経営が難しくなってきており私立では廃校の話も現実味を帯びています。大学統合も生き残り作戦の一つですしまぐろの養殖で名を売っているところ授業を英語ですることを売りにしている大学などあの手この手で存続を図っているようですね。

2月17日 弟の別居連絡

先週の日曜日に母親の17回忌を終わったのですが昨日随分と会っていない弟から17回忌用の不祝儀が送られてきました。父親のも母親のも回忌をしてきましたが弟から連絡があったのは初めてです。中に手紙が入っており30数年一緒に暮らしてきた奥さんが今年1月に出て行ったと書いてあり母親の墓参りもしない罰があたったのかもと書いてありました。夜電話し不祝儀の礼をいい別居のことも聞きましたが何があったのかもう十年近く口をきいていなかったとのこと。息子は独立しており娘は母親と一緒に出て行ったとのこと。私も何回も「もうあかん」と思ったことはありますがそれなりに私に頼っている妻と縁を切るには至りませんでした。誰しも危機は一、二度あるのでしょうが大概は何となく乗り切っているのでしょう。残りの人生の方が短くなって一緒に暮らし続けるより別れる方を選んだのですが傍に誰もいないのだからくれぐれも自愛してくれと伝えました。