3月16日 花粉症

花粉症の季節になってきました。妻はもう大分前から薬を飲んでいますが鼻がぐすぐすして目がかゆいと言っています。私もつい一週間前かかりつけの医者にいきましたら顔を見るなり「始まりましたか?」といいながらいつもの薬を処方してくれました。東京大学の中川先生によると花粉症は日本人の3割近くを悩ませており30年位前は1割程度だった有病率が5年前には5割程にまで増えているとのこと。ガンは早期発見で9割近くが完治するが花粉症は一度発症すると完治はまれで長く付きあっていかなければならない厄介な病気だといいます。ただ最近の研究では花粉症を発症しているとガンによる死亡率が約半分になるという結果だとか、花粉症を持つ人は膵臓がん、大腸がん、脳腫瘍などの発症リスクが大きく低下するという別の調査もあるようです。花粉症患者の過敏な免疫は癌細胞にも敏感に反応し殺傷力が高まっているのかもしれないと中川先生は述べています。

3月15日 開花予想

ここ2,3日の天候は春を通り越して初夏の様子です。町で見る子供の中には半そでもいます。この陽気になってくると話題になるのが桜の開花予想。先日テレビで「600日の法則」というのがあり2月1日から一日の最高気温を足していき600度になったところで開花するといっていました。また「400度の法則」というのもありこれは一日の平均気温の合計だそうです。この法則はそんなにいい加減でもなく統計的には2,3日のズレ程度なんだとか。但し桜の開花は気温が上がってくるだけが条件ではなく花が終わった後花芽は休眠期間に入り落葉してからは休眠打破といってある程度の低温にさらされることで目覚め、そこから暖かかくなり始めたら一気に花芽が成長し花が咲くというメカニズムなんだとのこと。気象庁の定義では花が5~6割咲くと開花宣言、8割以上咲くと満開ということです。今年の東京の開花予想は3月21日。例年より3日早いそうです。

3月14日 差し歯が取れた

今朝通勤途中不意に差し歯が取れました。何の前触れもなくまったく唐突でした。実はこの歯数か月前にも取れ応急処置をしていたのですが医者からは「多分数か月でまた取れます。ブリッジか入歯になるので考えておいて」と言われていました。前回はすこしづつ歯が揺れ取れるぞという予兆があったのですが今回はなし。思い起こせばこの歯は小学校の5,6年生の時に友達とふざけていて廊下で転び半分折ってしまったものです。それ以来数十年ブリッジにしたり差し歯にしたりと何とか原型を保って来たのですがとうとう寿命が来たようです。私の母親は醤油の栓を歯で開けるほどても丈夫な歯をしておりでその血を引いているのでしょうか虫歯はほとんどなく歯の治療はこの歯だけでした。前歯なのでマスクをしているとはいえ不自由なので早速予約をし今晩治療に行きます。歯医者のあの神経を逆撫でするような音は好きではありませんが美容と健康の為我慢してきます。

3月11日 東北大震災

11年目がやってきました。忘れませんあの瞬間。ここ松戸でも大揺れに揺れ事務所、店がメチャクチャになりました。被害の状況が分かるにつれとんでもなく大きな地震とそれに伴う「津波」の被害は今まで見たことのない地獄絵でした。さらに原発が破壊し放射能汚染が伝わってきました。そして段々その深刻さがわかってきました。あれから11年。災害の復旧は大分進んでいるようですが原発は何も進展していません。故郷を思う気持ちは強いが現住所の生活に慣れてしまったことそして何より放射能汚染が収まらない事でもう帰らない、帰れないという人達も大勢いるとのこと。歴史をたどると同じような災害は何回かあったようですが「原発」の破壊による放射能汚染は経験していません。そして厄介なことにこの放射能汚染は元に戻るまでに気の遠くなるような時間がかかりそうです。私たちはこの災害を、そして放射能汚染が起きたことを決して忘れてはいけません。

3月9日 市松卒業式

当地では市立松戸高校のことを「市松」と称しているようですが今日八柱霊園の南側にある同校の前を通ると門の前に父兄が数人立っています。何となく「もしかしたら」と思ったので帰りに門の前でスピードを緩め立てかけてあった看板をみると「卒業証書授与式」とかいてありました。正式にはそのようにいうのですね。それにしても自分の卒業式のことはすっかり忘れています。多分大学受験の為出席しなかったと思います。卒業式というと学ランの何番目のボタンの話だとか卒業ソングが話題になりますが当時はそのどちらも縁がありませんでした。なにしろ女生徒は1割もいませんでしたし学園紛争が高校にまで及びそんな形式的なことは「ナンセンス」などと言っていた時代でした。働くにしても大学、専門学校に行くにしても高校卒業は人生の大きな曲がり角であることには違いありません。平和な日本で生活出来る喜びといつまでも健康でいて欲しいと切に願います。

3月8日 ブログの字数

日経夕刊「明日への話題」というコラムに井上荒野さんがシェイプアップというタイトルで興味あることを書いていました。その欄は文字数が「19字x35行」と規定されており、新聞のコラムの特性上36行でも34行でもいけないので慣れるのが大変だったが結果文章というのは自分で思っているよりもずっとシャイプアップできるものだということが分かったという内容です。実は私もこのブログの長さは勝手に400字以内と決めています。原稿用紙一枚分で大体395字から402字くらいまでの余裕にしています。確か朝日新聞に「折々のうた」を長期間連載していた大岡信さんだったと記憶していますが、頭の中で文章を作りそれを原稿にすると大体決められた文字数(200字)になっているというのです。文章の達人大岡信氏とは比べるべくもありませんが毎日お題を考えるのも簡単に出てこない時は大変ですが字数を合わせるのにも結構苦労しております。

3月7日 山岳会会報

過日前職の先輩から長崎大学山岳会の会報が送られてきました。彼は学生時代長崎大学山岳会のキャプテンでヒマラヤ遠征もしてきた山の強者です。退職後は原稿集めから校正、印刷まで一人で請負ってきましたが近年「ちょっとしんどいので変わってもらうわ」といっていましたが今回でお役御免のようです。もう50年、60年経ち昔の山男、山女達もそれぞれ妙齢を少し超えた年齢になってきました。私は山岳部とも長大とも無縁ですがその彼らの寄稿文がなかなか面白く楽しみに読んでいます。先輩が「登りたい山から登れる山」になってきたと書けば会長さんはそれを受け「登れる山から見る山」になってきたといいます。「山岳紀行」と称し欧州アルプスでの登山や北海道ニセコでのスキーの話を書いている人もいますがもっぱら「里山登山」に切り替えた方が多いようです。苦しかった合宿でぶっ倒れた思い出を懐かしく語っている女性会員の話も面白かったな。

3月4日 狂気の沙汰かはたまた

「第三次世界大戦は核によって破壊的なものになる」ロシアのラブロフ外相の発言だそうです。大統領が核をちらつかせウクライナを世界を威嚇すればその下僕もご忠心とばかりに物騒な発言をしています。それにつられて日本でも「核論議」が必要だとの意見が出始めました。考えるのは必要かもしれませんがこの時期に勇ましい発言ではなく冷静に広い視野そして被爆国日本の世界における役割も考慮しながらが必要です。それにしても第三次世界大戦だ、核により破滅的になるだと随分な言葉の羅列です。そんなことを考えるだけで恐ろしいのはプーチン氏も外相氏も同じでしょう。それとも「私だけは生き残る世界でたったひとりになっても」と大真面目に考えているわけ    はさすがにないでしょう。戦争というにはあまりに一方的な侵略をしておいて「容赦しない」発言にはもう開いた口がふさがりません。唯々ロシアへの非難とウクライナへの同情しか出来ませんが。

3月3日 コロナの変な事例

一時毎日前週の陽性者を下回り収束に向かっているのかなと思ったのですがここ数日また増え始めています。系列店の責任者も数週間前に陽性になり奥様、子供さん方共々自宅療養をしていました。もうじき出勤可という頃になって事務員さんが陽性になりました。彼女は熱もなければ体の不調もなく、「一応PCRを受けといたら」という娘さんの助言に従い検査したのだとか。彼女も指示に従い休んだのですが既に発症していた責任者が濃厚接触者ということでさらに自宅待機になったとのこと。これは不思議ですね。確かに事務員さんの場合は「新株」の可能性がありそれへの免疫がない責任者は再発の恐れがあるということなんでしょうか。今までいくつかの新株が出て来ましたがその度にそんな対応をしていましたかね?初耳のように思いますが。またこの事務員さんは全く症状がない陽性者。ということになれば発表されている数字よりはるかに陽性者は多いのでしょうね。

3月2日 匂いおこせよ

このところ朝新聞を取りに行くのが楽しみです。いえ世の中はウクライナだコロナだときな臭いのでニュースが楽しみというのではありません。我が家のたった一本の鹿児島紅梅が日に日に花をつけ朝空気の澄んでいるときにはその香りが鼻孔をくすぐるのです。真紅の小さな花とまん丸い蕾と青空とそして梅の香り。気持ちがほっこりとなります。ところで有名な菅原道真の歌に誘われたわけではありませんが妻と娘が福岡に今朝発ちました。道真は左遷された恨みつらみを梅に託し自分のことを忘れないでくれと懇願しているのですが、福岡出身の彼女は大宰府の梅の香に誘われたのでしょうか久しぶりの里帰りです。妻は母親の命日とそして介護施設に入っている義父との再会を楽しみにしていました。コロナ禍でもしかした面会できないかもしれませんが年も年なので出来るだけ会っておきたいのだと思います。「匂いおこせよ」亡母と義父が呼んでいるのかもしれません。