10月13日 新聞販売店の減少

今日クライアントから他店へのチラシ搬入を依頼され流山、柏方面の店を回りました。最後に来て地図に載っている店がありません。グーグル検索で出てくる電話番号は「現在使われておりません」とのアナウンス。調べて貰ったら行くべき店は閉店しその事業区域は近隣の店に譲っていることが分かりました。結局その近隣の店を見つけ行ったのですが最近新聞販売店の数がかなり減っています。今の時代SNSの普及で知りたいことは無料で簡単に入手できます。そのため若い年齢層の新聞購読者率は目を覆うばかりに減っています。昔は通勤電車内での普通の風景だった新聞を半分に折り読んでいる人の姿は全くと言っていいほど目にしません。私などはニュースに勝手に順番を付けられたものを見せられるのはある意味情報操作のような気もしますが、事実として新聞はその価値を認められなくなり読者が激減しておりそのせいで販売店を止める店がどんどん増えているようです。

10月12日 北海道からの便り

毎年5月から11月までの半年間を義弟の住む北海道で過ごす友人がいます。時々かの地の風景や遊びの写真を送ってきますが先日は農作業と大雪山の冠雪を送ってきました。蕎麦、じゃがいも、とうもろこしなどを作っているそうですが義弟も友人もとっくに退職した身なのでそんなに大規模ではないとは思いますが北海道ですからどうなんでしょう。そばは製粉まで業者に頼みそこからは蕎麦打ちの教室に通い自分でそば打ちを始めたといっていました。そばは捏ねるのも切るのも相当難しいと聞きます。食べられるような蕎麦が出来上がったのでしょうか。ところで写真の続きですが大雪山と言えば温泉なんですね。家からそんなに離れていないところに温泉があるようで渓流釣りをした後今晩は温泉にゆっくり浸かろうなどといっていました。私が「今晩は登別温泉の香りにします」というと「それは結構ですね」などとふざけた答えが返ってきました。何とも優雅な老後です。

10月11日 小三治逝去

新聞に柳家小三治が7日に亡くなっていたと報じています。享年81歳。極先日まで高座に出ていたので本当に突然の死です。6年前に桂米朝が居なくなり、そして小三治も。小三治は私の大好きな古今亭志ん朝とほぼ同時代立川談志は少し先輩といった関係ですが年を取ってからの小三治は本当によくなりました。若いころは天才志ん朝、売れっ子の同門談志といつも比較され続けたのですが両人がいなくなりまったく自分の芸風を作り上げました。強面の顔を時にくしゃくしゃにし時に侍風のきりっとした顔で「時そば」なんぞはバカバカしくて泣いてしまいます。人情噺も情が先に立つことはなく話の筋で聞かせるのですが随所で見せるあの間。そして何より天下一品の「まくら」。談志も世評などを取り入れたまくらを振ってはいましたが小三治のは年期が入っています。まくらだけで高座を降りたという強者。志ん朝と小三治の高座は向こうの世界でしか聞けなくなりました。

10月8日 昨日の地震

昨晩の地震は久し振りに驚きました。私は丁度風呂に入っていました。風呂場には上から落ちてくるものもないし障害物もないので「これはでかいな」と思いながら落ち着くまで椅子に座っていました。出ると女房が「大きかったねエ」とびっくり顔。長くは続かなかったので早速食器棚、タンスなどを見て回りましたが食器棚の引き出しが見事に階段状に飛び出していたのと湯飲み茶わんが棚のガラスにぶつかっており戸を開けると落ちてくるので慎重に取ったくらいでした。とまもなく長男から家族全員が繋がっているメールに安否確認が入りそれに離れて暮らしている子供達からの応答がありしばらくスマホがせわしくなり続けました。報道では電車が止まり家に帰れない人がいるという話もありましたが我家は取り立てての被害はなく又こんなことでもなければ離れて暮らす家族全員が一つの話題で盛り上がることもないし緊急時の連絡方法を考えようということにもなりました。

10月7日 障害者ゴルフ

昨晩テレビで「日本障害者オープンゴルフ選手権」のことを報じていましたが驚きました。車いすの選手、義足の選手、片腕の選手と障害は様々ですがそのプレーは驚きの連続です。義足、片腕の人は何となく打てるような気はしましたがその飛距離、バンカーショットには脱帽です。練習で体のバランスが取れるようになっているのでしょうがそれにしてもよく飛ばします。そして極めつけは車いす部門で優勝した選手。なんと飛距離は220ヤードとのこと。下半身にハンディーがあり車いすに乗っているのにどうしてクラブをあんなに振れるのか不思議です。多少車いすも改良しているようですが大事な下半身が使えないであの距離とは。この夏のパラリンピックでもそうですが「身体が不自由でかわいそうだ」という言葉のなんと嘘っぽいことか。人間は体で使えないところがあるとどこかで補う力があり訓練次第で健常者と変わらない動作が出来るようになるのですね。

 

10月6日 ノーベル物理学賞

昨日ノーベル物理学賞が発表され米プリンストン大学上席研究員の真鍋叔郎氏が受賞されました。授賞理由は「地球温暖化を確実に予測する気候モデルの開発」とのこと。ご本人もいっていますが物理学賞は今まで素粒子とか宇宙とか話を聞いてもチンプンカンプンなものが多かったのだが今回は身近な問題として理解できる内容です。氷河がどんどんなくなっていき、シベリアの永久凍土が融け、大干ばつ、山火事、風水害などかつてとは比較にならない被害が出始めています。60年前にCO2濃度の上昇が地表温度の上昇につながることを実証した真鍋氏の研究は、当時ほとんど世間の関心を得られなかったようだがCO2による天変地異が現実問題となっており世界中が知恵を出し合いCO2の発生を抑える努力を始めた今地球がこれまで同様人間にとっていい環境である続ける為何をしなければならないかという危機感を人類に発したという意味で大変意味のあるものだと思います。

10月5日 赤そば

この間の日曜日、非常事態宣言解禁と同時に信州伊奈箕輪の赤そばの花を見に行きました。数年前から通っているのですが昨年はコロナ禍で密を避けるためなし。一年越しのご対面です。蕎麦屋が出たりお土産屋があったりといったイベントは一切ありませんでしたが花だけを楽しみにしていった小生には大変結構でした。空は前日の悪天候から一転抜けるような青空。森に囲まれた畑にはピンクの絨毯を引いたような花がびっしり。一部森から外れたところには南アルプスの山々が鎮座しています。正面には甲斐駒ヶ岳がその美形を見せています。同好の士はそれほど多くはなくどこから写真を撮っても必ず人が入るということはありませんでした。最近は時にこの花を売りにしている観光地もありますがこれほど広く自然と溶け込んでいるところは知りません。入場料といったものはなく如何にも商売っけがない飾りのような募金箱がありましたのでほんの気持ちだけ入れてきました

 

10月1日 ハンカチ王子引退

今日日本ハム所属の斎藤佑樹選手が引退すると報道されていました。もう15年ほど前になるのでしょうか夏の甲子園決勝で当時駒大苫小牧の田中将大投手との投げ合いは全国の甲子園ファンを沸かせました。特に齋藤は端正な顔だ立ちと流れる汗をズボンのポケットに入れた青いハンカチで顔をぬぐう姿は女子高生のみならず小生の妻まで痺れさせました。大学での活躍後プロに入ったのですが度重なる故障でほとんど一軍マウンドで見ることはありませんでした。片や「マー君」は国内で24連勝という大記録をひっさげ大リーグにいきここでも素晴らしい成績を残しました。世間の目はマークンとの比較でさぞや本人も辛かったことでしょう。リハビリ中も彼らしく一生懸命で何とか一軍のマウンドに立てることを夢見て頑張っていたようですが体の故障はいかんともしがたく引退に至ったようです。プロ生活11年。暫くゆっくり休み指導者となってまた拝見したいものです。

9月30日 非常事態宣言解除

当初の予定通り今日で非常事態宣言は解除されます。どこの自治体もいきなりすべて解除ではなく様子を見ながら徐々に慣らし運転というところです。全国感染者数の推移を見ると第5波は8月20日をピークに減り始め9月に入ってからは劇的に減っています。これは非常に結構なことなのですがその主たる理由は何なのでしょうか。どうも専門家もまだよくわかっていないようです。ワクチン接種者の増加、特に若い人たちの接種率が増えているのは見て取れますが夜の繁華街での人流は減っていないし、探せば遅くまで酒が飲める場所もあるようです。さらに2回目の接種を済ませた人にもブレイクスルー感染が出始めています。今回はどのような理由で大幅減となったのかよく調べて頂き専門家も危惧する6波が起きたときは速やかに対策を実施していただけるように新総理予定者に期待します。本当に飲食だけでなく壊滅的な被害を受けている人達が年を越せるのか心配です。

9月29日 さいとうたかを逝去

劇作家さいとうたかを氏がすい臓がんで84歳の生涯を閉じました。私は漫画大好き人間でまだ貸本全盛期だったころから愛読しており週刊漫画「少年ジャンプ」が世に出てきた時からの漫画ファンです。当時からさいとうたかを作品は線が太くテーマがはっきりしており気に入っていました。一大傑作「ゴルゴ13」は1968年に「ビッグコミック」に連載されてからの読者でもう50数年間のお付き合いです。私の学生時代「ゴルゴ13」を読んでいないのはニセ学生と見做されました(多分)。彼は決して人が自分の背後に来ることを許しません。私も真似していました。精悍な面構え、拳銃の名手、武道の達人、女生とは肉体関係以外は求めずひたすら殺し屋請負業に徹する。世界の情勢、武器の詳細など実に詳しく描かれています。あまりにも武器に精通しているため警察にも目を付けられていたとか?遺言により彼の死後もプロダクションは作品は継続していくとのこと。