1月25日 営業担当者の雑記

今日の日経夕刊「プロムナード」という欄に「世界から彼が消えたなら」という題で川村元気という作家が小文を書いていました。大学生のとき叔父が亡くなった。脳腫瘍。四十七歳の若さだった。と始まりその叔父から小学生の時ドライブに誘われ突然車の運転をしないかと言われた。「お母さんには内緒だはで。男の約束だきゃ」。叔父が倒れた時なぜかその秘密のドライブを思い出した。亡くなる前「わ、お前のことが好きだ でもお前は、わのことを忘れるんだべな」そんなことはないと僕は言ったが「いや、みんながわのことを忘れる。この世界はわがいなくなっても、なんの変りもなく明日を迎えるんだ」何も言い返せなかった。それから10年。「世界から猫が消えたなら」という小説を書いた。脳腫瘍で余命わずかと宣告された男が、一日の引き換えに、世界からひとつずつ物を消していく。書きながら叔父がいた世界といなくなった世界に存在するほんの小さな差、それこそが彼のいた意味なのだと証明したかった。しゃれた短編小説を読んでいるようでした。

1月24日 営業担当者の雑記

「あたたかに冬の陽の寒き哉:鬼貫」今日は所謂冬晴れとでもいうのでしょうか真っ青な空に思いついたように真っ白な雲がふわふわ浮かんでいます。車に乗っていると眩しい位の陽が差し窓を閉め切っているとヒーターが要らないように思えますが一歩外に出るとやはり寒は寒で冷たい風が頬にあたると身が引き締まります。私はこの時期の晴天が大好きです。300年ほど前上島鬼貫が見た空もこんなだったのでしょうか。鬼貫は江戸中期関西で活躍した俳人で芭蕉とも交流があったようです。芭蕉が死ぬ間際にまで気になる句の推敲をしたといわれている程俳句をとことん突き詰めたのに比べ同じく「まことの外に俳諧なし」と唱えた鬼貫はどこか飄々とした言葉使いや、的確な擬音語、擬態語を使い時代を超えた句は何かしら心が穏やかになります。私の今日の気分はこの句がすべてです。因みにこんな面白い作品もあります。「冬は又夏がましじゃと言ひにけり」

1月23日 営業担当者の雑記

大相撲初場所は大関稀勢の里が優勝しましたね。14日目で優勝は決まっていたが千秋楽横綱白鵬に勝ち優勝に重みを添えた。二人の横綱が休場するといった幸運はありましたが運も実力の中ということで本当に良かった。私は日本人横綱が早く出てほしいとは思っていませんでしたし、もう何回も挑戦しながら肝心な一番で勝てない間の悪さ、稀勢の里は横綱の器ではないのかなと思っていました。しかしながら負けた後のインタビューで「明日からまた一番一番集中するだけです」と決まり文句しか口にせず、横綱挑戦に失敗する度に悔しさを押し殺しぐっとこらえている姿を見ているといかにも不器用でスマートさがまったくないこの力士に声援を送りたくなりました。来たチャンスを一瞬の内に掴み取りあっといういう間に横綱になった白鵬とはまるで違う泥臭い力士。来場所は横綱に昇進することがほぼ決定のようですがこれに浮かれず優勝の瞬間の「一筋の涙」で終わらないように精進し立派な横綱になってほしいものです。

1月20日 営業担当者の雑記

大寒に合わせたわけでもないでしょうが天気予報通り今朝から雪が降っています。前回のようなどかっと積もる感じではなく時にひらひらと雪が舞っています。「大寒や転びて諸手つく悲しさ:西東三鬼」凍った道はへっぴり腰でそろそろ歩きます。へっぴり腰になると肩が丸まり手は振れません。少々膝が悪い私は転びそうになると多分体を支えきれず仰向けに倒れるか悪い方の膝をかばって思い切り諸手をつくのでしょう。毎日最寄駅から会社まで20分少々徒歩て通勤、自己流のストレッチをし休みの時には2時間ほどの速足歩きをしながら衰えに抗っています。それでも一度悪くなった膝は医学的に回復は無理のようなので近辺の筋肉をつけてこれ以上症状の悪化を防ごうとしています。不意の動作をするときに三鬼のような感覚になることがあります。悲壮感を持っているわけではありませんが出来ることならいつまでも自分の体で動いていたい、そう思います。

1月19日 営業担当者の雑記r王倍

先週安中市の蝋梅園で頂いてきた枝を玄関に活けていたのですがそろそろ花も枯れ香りも随分小さくなってきました。玄関先から二階に立ち上ってくる香り、家のドアを開けた時花香が迎えてくれる楽しみを1週間味わえました。少々残念だなと思っていましたら家の傍のお庭にも結構蝋梅があるのに気が付きました。勿論あちらに一本こちらに一本といった感じで帰宅時にはどこにあったのか分からない程度ですがそれでも匂いだけはしっかり漂ってきます。寒のさなか今時分に咲いている花は水仙とこの蝋梅位です。どちらも香りがいいのは季節と関係があるのでしょうか。先日食卓に蕗の薹の天ぷらが出ました。地物なのかは定かではありませんがやはり季節の先取りは嬉しいものです。我が家の薩摩紅梅のつぼみが大分大きくなってきました。寒さはむしろこれからが本番ですが植物達はもう春の準備をしているのでしょう。

1月18日 営業担当者の雑記

昨日の天気予報ではこの金曜日関東地方に雪が降ると報じていました。多分そんなに酷くはないと思いますが雪に不慣れな私はほんの少しでもなんだか憂鬱になります。ニュースでは日本海側の大雪の事を流していましたが一晩で6,70cmとか2階から出入りするような場所もあるようですが信じられません。簡単に取り付けられると言う値段の高いチェーンを買っているのですが一年に一度使うかどうかなのでいざとなるとまったくダメです。一度などは苦心して取りつけたチェーンなのに家に帰りついたら無くなっていました。どこかで落としたのでしょう。金曜日の為にもう一度チェーンの装着DVDを見ておこうかな。

1月17日 営業担当者の雑記

1995年1月17日午前5時46分連休の翌日でした。阪神大震災。当時私は千葉に住んでいましたが前職の本社はビルの2階がつぶれ1階とくっついていました。神戸市役所も途中の階が無くなっていました。早朝だったので社員はまだ出勤していず最悪の事態にはなりませんでしたがもう少し時間が遅ければとんでもないことになっていました。京阪神間の大動脈阪神高速が信じられないことに横倒しになっていました。そのうちに火事が発生しどんどん広がり街を焼き尽くし始めているのがテレビで実況されています。火勢が強いのと道がせまいので思うように消火活動ができません。結局6000人を超える方々が亡くなり物凄い数の犠牲者がでました。神戸三宮に住んでいる同期がその西方須磨区に住んでいる同僚と連絡が取れないので心配になり車が通れない道をバイクで大難儀の末食べ物を届けたら大泣きされたという話を後日聞きました。美しい街神戸が崩れました。正に地獄絵でした。

 

1月16日 営業担当者の雑記

昨晩日光市の足尾山中に生息するツキノワグマを30年近く追いかけているカメラマン横田博氏のドキュメンタリーをテレビで放映していました。ツキノワグマは山中深くに棲みその生態はあまりよく知られていないようですが彼の映像から随分分かってきたようです。中で私が興味を持ったのは子どもを連れたメスをオスが襲いその子供を殺すというところです。授乳をしているメスは発情しないのでオスは自分の子孫を残す為にメスが育てている子供を殺すのだといいます。確かに動物は子孫を残すことが大きな使命であることは間違いないでしょう。個体個体がそういう本能をもっているのですからオスグマはそれを忠実に実行しているにすぎないのでしょう。先に生まれている子を殺せば結局子孫が増えることにはならないなどというのは多分人間の浅知恵でクマがこの世に出現してからずっとそうやって今に至っているのですから。残酷だという理屈は自然界では通用しなくそうしなければ生きていけないのですね。荘厳な絵を見てしまいました。

1月13日 営業担当者の雑記

昨日は満月でした。冬のこの時期煌煌と照る月はどちらかというと寂しい、厳しい、冷たいなどといった感じがあるのですが私は結構好きです。気温が低く空気が澄んでいる空にまん丸の月が輝いているのはなんだかほっとします。寒満月とか冬の月を主題にした俳句は素人には手に負えないような崇高なものが多い中亡くなった小沢昭一さんの作品に「寒月やさて行く末の丁と半」というのがあります。さてさて寒空に照る月の下明日はどうなるのやらという芸人の心細さを詠んだのかと勝手に解釈しますが、大上段に月を愛でるわけではなく背景に寒月を置きその空気に漂う侘しさ、辛さを自嘲気味にそしてその中に自分の存在を見出そうとしている芸人魂がふつふつと沸いているようでいかにも彼らしい表現の句です。もう4年が過ぎたのですね。あの年代の永さん、加藤武、米朝、野坂昭如みんな往ってしまいました。

1月12日 営業担当者の雑記

“Yes,We can”,Yes We did,Yes We can”昨日オバマ大統領の最後の演説がシカゴでありました。この地は2008年彼が大統領に選出された時に勝利演説をした場所でした。格調高くしっかりと聴衆を見つめ的確な表現がちりばめられた演説。夫人と子供達に感謝を伝える時は白いハンカチで目頭を拭いていました。聞いていた私はやはり彼の演説に強く心を揺さぶられました。まったくあの8年前の就任演説の時のように。しかしもしかしたらその際立った演説がトランプ新大統領を選んだ大きな要因だったのかもしれません。彼のよく練り上げた言葉、抑揚、身振り、穏やかだがよく通る声その一つ一つが今まで聞いたことのない演説でした。洗練された、教養ある、大人の振る舞い、それらは嫌いな人たちからみればおぞましいものだったのでしょう。まったく対極の人が大統領になります。私にはほとんど関係のない他国の事ですが歴史の1ページに出くわしている、そんな気がします。