12月10日 大根干し

家からの最寄り駅にある個人タクシーの車庫に恒例の大根干しが始まりました。ここの持ち主には一度もあったことはないのですが丁度今時分になると車庫の入り口にロープを張り人が通れるスペースだけ空けて5,60本の大根を干しています。農家の軒先では同様の光景を見ますがこの街中でと最初びっくりしましたが今では冬の風物詩となり大根が現れるのを楽しみにしています。さてこの大根何になるのだろうか。生まれたままの格好で干してあるので多分「たくあん」だと思うのですが。さすがに麹漬けで「べったら」なんてことはないでしょうし「切り干し大根」ということもないでしょう。私は「たくあん」も「べったら」も「切り干し大根」もみんな好きです。昔バア様から「漬物はご飯の合間に食べるのだからそんなにたくさん食べるものじゃない」とよく叱られました。まだ白菜が思い切り安い時代実家で「白菜漬け」を作っておりこれも大好物でした。

12月9日 稲毛浜

ほぼ毎週休みの日には家から10kmほどの稲毛海岸にチャリで出かけます。ママチャリなのですが。昨日は天気がよかったのでもしかしたら富士山が見えるかもとカメラを積んでいきましたが正解でした。薄っすらとではありますが東京湾の向こうに雪を被り鎮座していました。ここ稲毛海岸はサイクリング、ジョッギング、ウォーキングまたヨット、ウィンドサーフィン、ビーチバレーなど老若男女が思い思いのスポーツをしており時にはドラムスを持ち込んだオジサンが曲に合わせスティイクを振るったりしています。で最近気になるのがスタンダップパドル(SUP)です。これはサーフボードの上に乗りパドルで漕ぐというもので見ているとスイスイとても気持ちよさそうです。ハワイ発で釣りやサーファーの写真を撮るのに使われていたのがスポーツとして広まっているようです。風も要らず海でも川でも出来またバランスが必要なので体幹のエクササイズにもいいそうです。

12月6日 血が騒ぐ

今日は久しぶりに頭と体力と気遣いをする仕事をしました。商品のことで代理店、運送業者と交渉しながら店と渡りをつけるといった内容で,
うまくいっても売り上げは増えないし失敗すると大きく落とすあるいは以降の商売がなくなるというあまり一般的には好まれない仕事です。今回は先方が「我々の希望は受けられない」というのに対し金は増やせないが我々の希望をかなえてほしいそのためには「何を」「いつまでに」「どのようにしたらいいのか」を聞き関係者と話し了解を取りその要件を満たしながら、少し脅かしたりしながら交渉を続け最終的には+の金は払わずに当方の希望を聞いてもらったというものです。こういった仕事は昔取った杵柄ではありませんが結構血が騒ぐのです。(なんて大げさな表現ですが)今最終決着内容を関係者に感謝の言葉をしたためながらメールし一件落着したところです。これ以上何も起こらないことを願っています。

12月5日 中村医師殉死

30年にわたりアフガニスタンで人道支援に取りくんできた中村哲医師が現地で突然の凶弾に倒れた。もともと人道支援や国際貢献に強い関心があったわけではなかったとのことだが赴任したパキスタンで旧ソ連に侵攻され隣国アフガニスタンから流れ込んで来た難民を目の当たりにしてから彼の活動が始まった。2000年にアフガンが大干ばつになった時医療の限界を感じメスを捨て用水路建設に転じた。「百の診療所より一つの用水路」の考えから。危険なところにわざわざ好き好んでどうして行くのか、しかも医師という身分を持ちながら。それに対し「人としてこれをすべきだ」というのは誰もが持っているんだ、ただそれをそれをさらけ出すのは恥ずかしい。と。かの国の復興に命を懸けてきた彼、そして多くの人が彼の努力の恩恵をうけていながら何故!!。「恩をあだで返す」私にはそう思えます。勿論彼は自分の信念に従ってきただけでこうなることも予測していたというのでしょうが。

11月4日 入学式に保護者

先日の読売新聞に全国大学生活協同組合の調査が載っていましたが、これによると大学・短大に入学した新入生の76%が、保護者同伴で入学式に出席したとのこと。保護者同伴の割合は2008年の調査開始以降増加傾向で「一昔前と違って、保護者も出席するのが当たり前だと考えるようになっているようだ」と生協担当者。うーーーーーん。オジサンたちの年代では考えられないなア。私の子供たちの入学式にも出席していません。卒業式も娘のは出ましたが息子たちのはなし。これが普通というか「親がくるのはカッコ悪い」と思っていたのでしょう、友達もみんなそうでした。特に母親は71.4%、父親は30.8%と差があるのはやはり父親の方が仕事の都合がつかないのでしょうあ。あるいは「ちょっとカッコ悪い」という意識があるのかもしれません。今となってみれば子供の晴れ姿(不本意な場合もあるでしょうが)を見に行くのもいいかなとは思っています。

11月3日 冬桜

今日は朝から飛ばしました。いつもの朝礼にも出ず代理店、クライアントと駆けずり回りしっかり肉体労働もしました。注文を沢山取った時より何となく「やった感」を感じるのは不思議な気持ちです。道中新京成上本郷駅の南側にあるマンションの庭で「冬桜」を一本見つけました。この花はヤマザクラとマメザクラの雑種とのことで4月とこの時期の二回咲きます。葉がすっかり散った後に咲くこの花は小さく樹の下の方から段々上へと広がっていき今は満開といったところです。所謂花見の桜「ソメイヨシノ」だとか「彼岸桜」あるいは少し前に咲く「10月桜」とはまるで風情が違います。山茶花も散ってしまった今頃は花が少ないのにもかかわらずこの花には派手さはまったくなく寒空にもしかしたら薄幸の少女とでもいうのか地味です。「花は桜木」というパッと咲きパッと散ることはありませんでその器量を誇るでもなく長い期間気づいた人にだけ微笑んでいるようです。

12月2日 冬の雨

愈々今年も最後の月に入ってきました。といって何か変わるわけでも一日に時間が短くなるわけでもないのですがどういうわけか12月はあっという間に過ぎ去る感じがします。さて今日はこの酷い雨の中チラシを濡らさないよう「プチプチ:正確な名前は知りません」で覆いお客様の軒下から車まで一気に運びました。その帰り道二十世紀の森の裏側を通ったのですが木々が様々な色に染まり少し勢いの治まった雨の中葉を舞い散らせているのが見えました。観光地によくあるイロハモミジもそれはきれいではありますが私はいろんな広葉樹たちが冬眠に入る前に様々な色の葉を落としている光景の方が好きです。この時期もう木々の葉は大分まばらになっていますがその分木の根元は本当に絨毯のようになっています。雨に濡れた葉からはほんのり匂いが立っているようで一層情緒があります。「時雨」はよく聞く言葉ですが今日のように強い冬の雨は何というのでしょうか。

11月29日 寒波襲来

今朝の寒さはすごかったですね。昨晩は「シャネルNo5」しか身に着けなかったとか隣に美女が寝息を立てているわけではなかったのだが夜中に寒さで目を覚まし布団を一枚足しました。年寄りの小便タイムの所為なのかもしれませんが。最寄りの駅に行く途中の畑は多分今年初めての「霜」が降り場所によっては氷らしきものも見え,吐く息も2シーズンを隔て久しぶりに白くなりました。営業車はずっとヒーターを入れて走りました。この調子だとホワイトクリスマス?等というのは気も早いがお調子者で多分まだ暖かくなったり寒くなったりするのでしょう。自家用車もぼちぼち店に預けている冬仕様のタイヤに変えたほうが良さそうです。これを書いている今の時間空は澄み渡っており三日月の下に宵の明星がくっきり見えます。いよいよ冬になってきましたね。

11月28日 ゲーム障害

昨日厚生労働省が生活に支障がでるほどオンラインゲームなどの没頭する「ゲーム障害」に関する初の実態調査の結果を発表した。これによるとアンケート回答者全体の85%が過去12か月間にスマホなどでゲームを利用しておりその中10~20代の利用者の7%が授業中や仕事中にもゲームを続けており休日には12%の人が6時間以上しているとのこと。これにより学業や仕事を危うくしたり失ったりしても続けた人は5.7%、腰痛、目の痛み、頭痛など身体への悪影響がでても10%の人が続けまたゲーム機・ソフト購入や課金などでお金を使いすぎ重大な問題になっても続けたという人が3.1%いたとのこと。その面白さを知らない私にコメントする資格はないのだが人生を台無しにしてまでもすることなのだろうか、元々四六時中スマホを離さず、歩行中、自転車を運転しながら酷い人は信号待ちの車のなかでもスマホを触っている人がいるのを苦々しく思っている私はそう思います。

11月27日 友の同窓会

先日、今は神戸に住んでいる高校時代からの友達が中学の同窓会に行ってきたとメールしてきました。彼とは別の中学ではありますが同じ区内のことで懐かしい名前がいろいろ出てきました。北九州の小倉というところで古くは森鴎外が軍医として赴任していたところあるいは作家松本清張の出身地で、当時は100万都市北九州の中心として繁華街は活気があり今のTOTO、住友金属など大きな工場もあり新幹線の駅も出来活気のある町でした。彼は家から中学への道、近所の神社、繁華街、高校の時に縁があった場所などを散策したとのことだが町の様子がすっかり変わっており目指す場所を探せないところもあったようだ。そしてなんとなく街が落ち着いているというか静かというか多分それは子供の声がほとんど聞こえない所為だろうといっています。確かに我々の頃は子供で溢れていましたから今とは随分違う印象なのでしょう。私は同窓会には行ったことがありませんがこのメールを見てしばし過ぎ去りし日々に思いをはせたのでした。