本よみ松よみ堂
タイムマシンでは、 行けない明日

「心を支えてくれる誰か」を探す時間旅行

タイムマシンでは、行けない明日

畑野 智美 著

集英社 1900円(税別)

 久しぶりにSFを読んだ。タイトルからも分かるようにタイムトラベルもの。しかし、物語の力点は家族や恋人など、人間関係の方に置かれていると感じる。
 高校1年生の丹羽光二は南の島で植物学者の父と母と暮らしていた。島のモデルとなっているのは種子島だと思うが、島には宇宙開発研究所があり、光二は子どもの頃からロケットの打ち上げを見てきた。宇宙飛行士になるのが夢だったが、体力に自信がないため、自分が開発したロケットを飛ばすことが夢になっている。ロケットの研究ができる大学は限られる。両親の負担を考えて、できれば国立に行きたい。同じ研究者を目指している息子を父親も応援してくれている。光二には兄がいたが、光二が生まれる前に亡くなった。そのショックから、両親は東京を離れ、島に移住した。
 勉強ばかりしている光二には友達が少ないが、小学校から一緒の斉藤とはいつも一緒にいた。その斉藤にも言わないが、光二には気になる女の子がいた。通学のバスで毎朝一緒になる同級生の長谷川葵(あおい)。図書館で本の話をするようになり、徐々に距離を縮め、一緒にロケットの打ち上げを見に行くという約束をした。
 ところが、不幸な事故が起き、光二は彼女を目の前で失うことになってしまう。
 数年後、仙台の大学に入った光二が研究しているのはロケットではなく、不可能だといわれているタイムマシンだった。そう、「あの日」に戻り、事故を止めようというのだ。
 人の生死とまではいかなくても、誰にでもできれば遡って変えたい過去の出来事というのはあるだろう。
 例えばタイムマシンに乗って過去を変えた結果、行く学校や会社が違ったものになったとする。すると、私の人生が変わり、過去に出会った人たちには出会わず、別の人間関係ができ、現在の友達は消え、別の人たちになってしまうのだろうか。
 この小説を読んで、たとえタイムマシンがあったとしても、過去には行ってはだめだとつくづく感じた。ほんのささいなこと、例えば電車に乗るとか、食べ物を買うとかが、どんな影響を未来に及ぼすか分からない。
 この作品では、過去が変わったとしても、結局同じ人たちに出会う。運命というのか、人が人生で出会う人というのは最初から決まっているかのように。でも、同じようで同じ人物ではない。どこかが違う。過去を変えたために、同じ人物でも、置かれた環境が変わったためかも知れない。人は出会う人や環境に影響を受ける。
 淡々とした、わりとドライな書き方。登場人物も個性的で、ユーモアのある描かれ方をしているので重い感じにはならず、スラスラと読めるが、光二の孤独や周りの人たちの気持ちを想像すると、せつなくなってくる。
 「恋人じゃなくても、先生の心を支えてくれる誰かがいればいいっていうわたしの願望です」。大学教授となった光二に研究室の西村美歩という学生がかけた言葉。物語の終わりの方に出てくるこのセリフに、ジンときた。
 人は一人では生きられない。光二のタイムトラベルは「心を支えてくれる誰か」を求め、旅しているようなものなのかもしれない。
 【奥森 広治】

 

あわせて読みたい