本よみ松よみ堂
宮島未奈著『婚活マエストロ』

人は何歳からでもやり直せる「中年の青春小説」

 デビュー作の「成瀬は天下を取りにいく」で本屋大賞を受賞した著者の新刊。「成瀬シリーズ」と同じように読みやすく、前向きな内容だ。
 著者は静岡県出身で、結婚後は滋賀県に住んでいる。「成瀬」は滋賀県が舞台だったが、今作は故郷の静岡県が舞台になっている。「成瀬」で重要な舞台となった琵琶湖のミシガンクルーズも登場する。成瀬は中学~大学生だったが、今作は「中年の青春小説」といった趣だ。
 40歳になる猪名川健人(いながわけんと)は、18歳で浜松市にある大学に入学してから21年半、大学の北門から600メートルの好立地にあるマンションで暮らしている。健人以外の住人は大学生で、ある意味、健人だけが時が止まっている。
 健人は学生アルバイトで入ったレンタルビデオ店にそのまま就職した。しかし、レンタルビデオという業態が時代遅れになり、30歳で失業。それから10年間はWebライターとして細々と生計を立てている。ホームページに載せる三文記事を大量生産して、収入は月に20万円。多くはないが、人に会うこともなく、好きな時に寝られるという生活が気に入っている。
 半分、引きこもりのような生活をしていた健人だが、大家の田中宏の紹介で、「ドリーム・ハピネス・プラニング」という婚活パーティーなどを主催する会社の紹介記事を書くことになる。社長の高野豊と社員の鏡原奈緒子(かがみはらなおこ)だけでやっている小さな会社。20年前に作ったというホームページは古めかしい。
 鏡原は健人と同じ40歳。ある特殊な能力の持ち主で、一部で「婚活マエストロ」と呼ばれている。
 結婚なんて考えたこともなかった健人だが、婚活パーティーで出会いを見守り、人と人とを結びつける仕事にやりがいと誇りを持っている鏡原に接することで、少しずつ変わっていく。
 婚活ビジネスとか結婚相談所を運営している人は、みな既婚者で、先輩として「結婚っていいですよ!」と言っているようなイメージがあったが、鏡原も独身。この会社のビジネスは成婚に導いたからといって報酬はない。あくまで、最初の出会いを演出するだけというところが、いいと思った。
 健人は、40歳にして再び成長を始めたように見える。人は何歳からでもやり直せる。そんなさわやかな希望を感じた。【奥森 広治】

文藝春秋 1600円(税別)

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