本よみ松よみ堂
瀬尾まいこ著『あと少し、もう少し』
中学駅伝を舞台に、つなぐ6区間の感動の物語
中学校駅伝を舞台にした小説。男子は6人で18キロ、女子は5人で12キロを走る。この小説の中では県を6地域に分け、ブロック大会の上位6校が県大会に出場することができる。県で優勝すれば全国大会に出場することができる。
2面の記事でも書いたように千葉県でも2日に県中学駅伝が行われた。松戸市は人口が多いので松戸市で1つの支部(この小説で言うブロック)となり、市の大会で上位5位以内に入った学校が県大会に出場できる。
中学駅伝でも高校駅伝でも競技場を中心とした公園などで行われることが多い。テレビでよく見るような公道を使った駅伝は交通規制の問題もあって、なかなか実施されない。
だが、この小説に出てくる市野中学は田舎にあり、駅伝大会も山間部を走る公道で行われる。
市野中学は5位や6位とギリギリではあるが毎年県大会に出場してきた。陸上部部長の桝井日向(ますいひなた)は中学最後の駅伝で、上位に入って堂々と県大会に出場したいと思っていた。ところが春の人事異動で厳しく陸上部を指導してきた満田先生が異動に。代わりに陸上部の顧問となったのは、陸上はおろか、スポーツ全般に疎い上原という美術の女性教師だった。他の学校もそうだが、駅伝大会には陸上部以外でも校内で足の速い生徒が選ばれて出場する。昨年までは、満田先生がそういった生徒に声をかけてチームを作っていた。ところが、今年はその役目を桝井が負わなくてはならない。
桝井は、不良の大田、吹奏楽部の渡部、お調子者のジローに声をかけ、陸上部の設楽、俊介の6人で走ることになる。
陸上は基本的に個人競技だが、駅伝はチームスポーツでもある。各区間を走る選手たちは走っている時はもちろん一人なのだが、心の中では一緒に練習をしてきたチームメイトや支えてくれる家族や応援してくれる仲間のことを考えながら走る。
この小説では、1区から6区まで、各区間を走る選手の独白で構成されている。
1区の設楽は小学校からいじめられてきたので、びくびくしていて、自分に自信がない。陸上部に入ったのも、入学した時に「陸上部に入ってくれたら、いやな目に遭わせない」と桝井が誘ってくれたからだ。
2区の大田は小学生の時から不良として知られ、みんなから恐れられている。大田は、勉強からも、運動からも逃げてきた。でも、桝井は大田が実は走ることが好きだということを知っていた。大田にとって、中学駅伝はある意味最後のチャンスなのだ。
3区のジローの本名は仲田真二郎。でも、友だちからも、先生からもジローと呼ばれる。生徒会の仕事でもなんでも、引き受け手のない役目をいつも文句も言わずに引き受けてくれる。ジローは特別足が速いというわけではない。桝井がジローを誘ったのは、ジローがいると場を明るくしてくれるからだ。 4区の渡部は吹奏楽部でサックスを吹いている。足が速い渡部を桝井は何度も駅伝に誘うが、なかなか折れてくれない。そんな渡部を口説いたのは上原先生だった。どこか天然で、桝井には頼りなくも見える上原先生は、実は生徒のことをよく見ている。
5区の俊介は、入学した時からずっと、さわやかで決して人に嫌な思いをさせることのない桝井に憧れている。まだ2年生だが、調子を上げている。
6区、アンカーは桝井。桝井は調子が上がらず、アンカーは俊介に、と考えていたが、直前に監督の上原が5区と6区を入れ替えた。桝井は、珍しく反発して上原を傷つけるような言葉をつぶやいてしまう。そんな桝井のことも、上原先生はよく見ていた。
各区間を走る6人がその区間の主人公だ。同じ場面が何度も出てくるが、主人公によって見方が違い、物語に奥行きを与えている。各区間のクライマックスは襷(たすき)渡しの瞬間。汗の染み込んだ襷にはいろんな思いが詰まっている。襷渡しを迎えるたびに、胸に熱いものがこみ上げてきた。
【奥森 広治】