本よみ松よみ堂
垣谷美雨著『あきらめません!』

男社会の市議会は変えられるか。痛快選挙小説

 10月27日は衆議院選挙の投票日だ。「選挙に行っても何も変わらない」。そんなことを思わず、あきらめずに投票に行きたいと思う。10月22日のニュースで、今月にも神宮外苑の木々の伐採が始まると聞いた。先の都知事選で、神宮外苑の再開発に明確に反対している候補者が当選していれば、こんなことにはならなかった。全ては選挙の結果が左右する。
 この物語の主人公は二人いる。一人は霧島郁子。郁子は夫婦共働きで3人の娘を育て上げ、定年退職した。夫の幹夫とは友達のような夫婦だと思ってきたが、家事と育児は郁子が担ってきた。給料はさほど変わらないのに。
 ある日、山陰地方の田舎町「栗里市」で独り暮らしをしている母親のフミが心配だと、幹夫がUターンすることを提案してきた。郁子は東京生まれの東京育ち。田舎暮らしの息苦しさを知る会社の後輩や大学時代の友人は反対したが、幹夫の実家の隣家が売りに出たことをきっかけに、イングリッシュガーデンのような庭に憧れを持っていた郁子は郊外のマンションを売却して引っ越してしまった。もう東京には戻る場所がない。
 田舎町には立派すぎる市の複合施設の中で迷子になった郁子は、偶然、市議会を傍聴し、若い女性議員の梨々花(りりか)が質問中に酷いセクハラヤジを受けている場面に遭遇した。腹の虫がおさまらない郁子は議場から出てきた梨々花に、なぜ言い返さないのか、と叱責してしまう。そんな様子を見ていた議員のミサオは、郁子に市議会議員に立候補するようにと熱心に誘うようになった。17人の市議会議員の中で梨々花とミサオだけが女性で、あとの15人は全て男性。しかも、70代から90代までのお爺さんばかり。その中のドン的存在が、郁子に実家の隣家を売却した村井という男だった。ミサオは高校教師を退職後、議員になり、80歳を超えていた。自分は引退するので、郁子に議員になってほしいというのだ。
 もう一人の主人公は落合由香という栗里市で生まれ育った女性。32歳で、夫のヒロくんと娘の杏奈を育てている。後に郁子の選挙を手伝うことになる。
 由香の義母(ヒロくんの母)瑞恵(みずえ)は嫁いでから姑、舅、義父の姉の介護をしてきた。義父は瑞恵を奴隷のように扱い、感謝の言葉もなく威張り散らしている。瑞恵は家出をして行方不明になっているが、義父は世間体を気にして探そうともしない。義父は育児と仕事で忙しい由香の都合を考えることもなく、毎日のように食事に来るようになった。近い将来、この大嫌いな義父の介護をすることになるのかと、由香は憂鬱になるのだった。
 郁子と由香の義父は同世代だが、幹夫が郁子を見下すことはない。由香の実父も子煩悩で、母よりも優しいくらいだ。この世代の男性がみな封建的で男尊女卑というわけではない。
 ヒロくんは料理を作るし、家事が楽になるような家電が出ればすぐに買ってくれる。由香の同級生の舞子の夫も女性を見下すようなことはない。
 後半に、ある集会で戦前かと思うような時代錯誤の発言をする元校長を20代の人たちがクスクス笑うという場面が出てくる。
 世代を追うごとに、人々の意識は確実に変わっているのに、栗里市の政治は旧態依然と
している。
 ハコモノを作るのには熱心で、5期目の市長の胸像を建てるために税金が使われようとしている。議会開会中は3000円もする豪華な弁当が出る。高額な議員報酬に加えて様々な「特権」もある。飛行機のビジネスクラスに乗り、高級ワイン飲み放題の議員の欧州視察旅行という名の慰安旅行にも税金が使われていた。一方で、待機児童問題は解決せず、危険な通学路に必要なカーブミラーの設置はいっこうに進まない。こんなことだから、男性は進学などで都会に出てもUターンすることがあるが、女性は田舎の住みにくさを知っているから、戻ることはない。若い女性がいないため、日本の4割の自治体が消滅の危機に瀕している。
 市民が必要だと思っていることと、政治がやっていることがあまりにも違う。みんな不満に思っているのに、どうせ政治は変わらないとあきらめている。
 この現状をなんとか変えられないのか、と立ち上がったのが、郁子やミサオ、由香たちだった。
 全体的には、女性への差別をどうなくしていくのか、女性議員を増やすにはどうしたらいいのか、というところに視点が置かれた物語だが、すべての差別がなくなること、女性が不快な思いをしないで済む社会を実現することは、男性にとっても生きやすい世の中を作ることになると思う。
【奥森 広治】

講談社文庫 790円(税別)

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