本よみ松よみ堂
唯川恵著『みちづれの猫』

「昭和」を詰め込んだような団地で穏やかに過ぎていく時間

 NHKでこの小説を原作にしたドラマが今月から放送されている。小泉今日子と小林聡美の主演。きょうが第4回目の放送だ。
 小説は、こんな美味しそうなシーンから始まる。
 桜井奈津子はこだわりの野菜通販サイトのお得な定期コースで届いたダンボール箱いっぱいの旬の野菜を幼なじみのノエチこと太田野枝と「野菜焼き」にして食べる。
 ひとり暮らしの奈津子は食べきれない野菜をノエチに持たせてやる。
 奈津子と同居していた70歳になる母は、叔母の介護で郷里に帰って、もう1年になる。
 介護は大変なはずだが、電話の声はほがらかで、若々しい。子どもの頃に世話になった叔母との生活で「娘がえり」しているのかもしれないと奈津子は考える。
 仕事帰りに毎日のように奈津子のところに来るノエチは両親と暮らしている。
 50歳代になる二人は生まれ育った古い団地で暮らしている。事実婚のパートナーとの同居や長続きしなかった結婚生活など、それぞれの道を歩んだが、また団地に戻ってきた。
 絵が好きだった奈津子は短大卒業後イラストレーターとなり、一時は華やかな時期もあったが、業界の景気が悪いのか、それとも絵柄が飽きられたのか、今はあまり仕事の依頼がない。団地の住人から預かった古い品々をネットのオークションで売るなどして生計を立てている。
 子どもの頃から勉強ができたノエチは学者を目指して大学院まで進んだが、なかなか職を得られず、やっとうまくいきかけた時に学長派の教授との不倫を疑われ、職場にいられなくなった。今は別の学校で非常勤講師を掛け持ちしている。
 昭和30年代に建てられた団地は築60年になる。4階までしかない低い建物。棟と棟との間がゆったり取られていて、住人用の菜園がある。団地内には集会所や公園が2つもあり、商店街を抜けると、私鉄の駅がある。
 二人はこの団地内の保育園で出会い、以来、ずっと友情を育んできた。実は「空ちゃん」という、もう一人仲のいい女の子がいたのだが、空ちゃんは幼くして天国へ行ってしまっ
た。二人は、空ちゃんが今でも傍にいるような気がする。
 団地には建て替え計画があり、新しい住人は入ってこない。成人した子どもたちは団地を出ていき、戻ってこない。二人が出会った団地内の保育園も移転して、建物は閉鎖されている。団地は寂しさを増すばかりだ。空き室が目立ち、高齢者のひとり暮らし世帯が多い。
 団地に戻ってきた二人は珍しい存在で、50代なのにまだ「小娘」扱いだ。二人はその「若さ」をあてにされ、ひとり暮らしの佐久間のおばちゃんから網戸の貼り替えを頼まれる。幼いころからの顔見知りだから断るわけにもいかず、ネットで調べて見よう見まねで網戸を貼り替えた。すると、佐久間のおばちゃんから話を聞いたひとり暮らしの住人達から次々に依頼が舞い込むことに。
 ノエチの兄が持っていたダンボール箱の「お宝」、ブレッド&バター、ゴダイゴ、大滝詠一、YMO、山下達郎など、フォークやシティポップの楽譜がネットオークションで意外な高値を付けた。
 「昭和」を詰め込んだダンボール箱のように、古い団地にも思い出が詰め込まれている。
 特別大きな展開があるわけではない。しみじみと、穏やかに過ぎていく時間を描いている。
 読みながら、松戸市内にもある有名な団地の風景が目に浮かんだ。  
【奥森 広治】

双葉文庫 630円(税別)

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