本よみ松よみ堂
宮島未奈著『成瀬は信じた道をいく』
我が道をいく成瀬が知らず知らず周りの人に影響を与え…
昨年5月に紹介した『成瀬は天下を取りにいく』の続編。
成瀬あかりは滋賀県大津市で生まれ育った。幼い頃から運動も勉強も絵も歌もなんでもできてしまう子どもで、一人でなんでもできてしまうため、他人の目を気にすることなくマイペースに生きている。本人にとっては、できることが当たり前すぎて、自分のことを特別すごいとも思っていないようだ。他人と比べることをしないので、嫌味もない。
前作は中学2年の夏から高校3年の夏までが描かれていた。成瀬と同じマンションに住み、親友となる島崎みゆきの目を通して、小学生だった成瀬のことも描かれている。あまりにもマイペースな成瀬はクラスで孤立していた時期もあった。
今作は5編からなる連作短編集。成瀬本人の視点から書かれた物語はないので、成瀬が何を考えているかは分からないが、そんな成瀬に周囲の人たちが振り回されていく。
第1編の「ときめきっ子タイム」は、成瀬と島崎の漫才コンビ「ゼゼカラ」を「推し」ている小学4年生、北川みらいの物語。夏祭りで「ゼゼカラ」を見て心をつかまれたみらいは、「総合学習の時間」に「ゼゼカラ」のことを調べることにする。
第2編の「成瀬慶彦(よしひこ)の憂鬱(ゆううつ)」は、成瀬の父親の物語。共通テストの成績も高校で1番で、京大の二次試験も普通に受ければ普通に受かると担任からも言われている。そんな危なげのない娘の入試に慶彦は付き添うことにする。受験生なのに9時には就寝し、塾も行かずに京大を受けるのもすごすぎてわけがわからない。慶彦には娘のあかりが、大学に合格したら家を出て一人暮らしを始めるのではないか、という不安があった。父親の慶彦にも成瀬あかりが何を考えているかは読めない。
第3編の「やめたいクレーマー」は、大学生になった成瀬がアルバイトをしているスーパーの客・呉間言実(くれまことみ)の物語。言実は些細なことでも「お客様の声」を投書する。そんなクレーマー気質の自分を言実自身も嫌だと思っているが、止められない。真っすぐな性格の成瀬はアルバイトでも社員並み、いや、それ以上にお店のことを考えていて、言実に対しても意外な見方をしていた。
第4編の「コンビーフはうまい」は、成瀬とともに「琵琶湖大津観光大使」に選ばれた篠原かれんの物語。かれんの母と祖母も「観光大使」を務めたことがあり、かれんは幼いころから3代続けての「観光大使」になることを期待されて育てられてきた。「観光大使」の任期は1年。「観光大使」としての使命に真っすぐで、型にはまらない行動をとる成瀬にどぎまぎしながらも、やがて好感を持つようになっていく。
第5編の「探さないでください」は大晦日に「探さないでください」という書置きを残していなくなった成瀬を、4編までの登場人物と東京から帰ってきた島崎みゆきが探し回る。みゆきは、生まれて初めて成瀬と離れて暮らしてみて感じる成瀬あかりという存在の大切さに思いをはせる。
次作では、今回は具体的には書かれなかった成瀬のキャンパスライフなどについても書いてほしい、と期待している。【奥森 広治】