日曜日に観たい この1本
福田村事件
この映画は、関東大震災から100年後の昨年9月1日に公開された。監督はオウム真理教のドキュメンタリー映画などを撮ってきた森達也。劇映画は初めてだという。
「福田村事件」は東葛飾郡福田村(野田市)で、1923年9月1日の関東大震災の5日後に讃岐(香川県)から来ていた薬の行商団15人のうち9人が在郷軍人会や消防団などで作られた「自警団」や村人100人により殺害されたという事件。行商団には幼い子どもや女性もいた。殺された9人の中には妊婦もいた。
137分の上映時間の中で直接「事件」について描かれるのは、最後の30分程度。それまでは、当時の世の中や村の空気が丹念に描かれている。
群像劇ではあるが、一応の主人公的存在として澤田智一(井浦新)という人物が出てくる。智一は、妻の静子(田中麗奈)を連れ、智一が教師をしていた日本統治下の京城を離れ、故郷の福田村に帰ってきた。智一は理想を持って朝鮮半島に渡ったようなのだが、なにか大きな心の傷を抱えて帰国したようだ。静子は日本の国策会社の社長の令嬢。しかし、静子には父の経営する会社が朝鮮で人々を騙し、搾取してきたという思いがある。二人の食卓には朝鮮料理が並ぶこともある。
村にはシベリア出兵(ロシア革命に対する干渉戦争)も影を落とし、軍国主義のゆがみを生み出している。
村長の田向龍一(豊原功補)は大正デモクラシーに傾倒し、ことあるごとに「デモクラシーとはなにか」を村人に説くが、在郷軍人会の長谷川秀吉(水道橋博士)はそんな村長や智一など知識層に反感を抱いている。
沼部新助(永山瑛太)率いる薬売りの行商団は、四国の讃岐を出発し、徐々に関東に近づいてくる。行商団は被差別部落の出身で、幼いころから差別を受けてきた。そんな彼らの中にも「自分たちは鮮人(朝鮮人の蔑称)よりは上だ」というようなことを言う者もいる。
地元の新聞社「千葉日日」でも、記事の最後は「いずれは社会主義者か鮮人か、はたまた不逞(ふてい)の輩(やから)の仕業か」という常套句(じょうとうく)で結ぶのが「常識」となっていた。新聞記者の恩田楓(木竜麻生)は「真実を書きたい」と上司の砂田伸次朗(ピエール瀧)に訴えるが、無視される。
そんな中起こった関東大震災。震災の恐怖と不安の中で「朝鮮人が暴動を起こす」「朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだ」などの流言飛語(デマ)が飛び交い、多くの朝鮮人が虐殺された。日本人には朝鮮人を日ごろから虐めてきたという自覚があり、「朝鮮人ならやりかねない」という疑心暗鬼がある。そして、その疑心暗鬼を煽るように、内務省は自警団を作ることを奨励し、警察がデマを拡散した。これに乗じて亀戸では、社会主義者の平澤計七(カトウシンスケ)が警察に虐殺された。
震災から5日後の9月6日、利根川を渡ろうとしていた行商団の新助は船頭の田中倉蔵(東出昌大)と料金をめぐって口論に。讃岐弁が聞き取れないことから、朝鮮人と疑われ、大騒ぎになってしまう。ここで、新助の発した一言が惨劇の引き金になるが、この言葉はずっと差別を受けてきた新助の心から自然に出てきた言葉、ごくごく当たり前の一言だった。
観ていて恐ろしいと思うのは、政府の顔色をうかがうマスコミや社会の同調圧力など、今の日本にも少なからず似ているところがあること。そしてイスラエルによってパレスチナ人が虐殺されているのに、見て見ぬふりをしている世界の風潮など、100年前の話ではなく、今の問題として思い起こさせるものが多い。
この「日曜日に観たいこの1本」という連載を始めるきっかけは、「カジュアリティーズ」(原題Casualties of War)という1989年製作のアメリカ映画だった。ベトナム戦争でのアメリカ陸軍兵士による戦争犯罪を描いた作品。こういう、アメリカ人にとって眼を背けたくなるような過去に向き合い、人気俳優のマイケル・J・フォックスを主演に、ショーン・ペンなどの豪華な俳優陣で製作できるアメリカ映画、そして、アメリカ社会の懐の深さ、大人としての振る舞いに、うらやましさを感じた。日本では、無理だろうな、そう思っていた。
「福田村事件」について20年前に新聞記事で知った森達也監督は、映画にしたいと思っていたが、はたして出てくれる俳優がいるのだろうか、という不安もあったという。
しかし、蓋(ふた)を開けてみれば、すばらしい俳優陣。映画館にも多くの人が足を運んだという。YouTubeに初日舞台あいさつや、監督のインタビューの動画が出ているが、胸が熱くなる思いだ。 【戸田 照朗】
監督=森達也/脚本=佐伯俊道、井上淳一、荒井晴彦/出演=井浦新、田中麗奈、永山瑛太、東出昌大、コムアイ、木竜麻生、松浦祐也、向里祐香、杉田雷麟、カトウシンスケ、ピエール瀧、水道橋博士、豊原功補、柄本明/2023年、日本
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『福田村事件』、ブルーレイ&DVD発売中、ブルーレイ6380円(税込)、DVD4620円(税込)、発売元=株式会社ピカンテサーカス、監修=太秦、©「福田村事件」プロジェクト2023