本よみ松よみ堂
丸山正樹著『ウエルカム・ホーム!』

特別養護老人ホームで働く新米介護士の成長を描く

 特別養護老人ホームで働く新米介護士の成長を描く連作短編集。派遣の契約を切られ、仕方なく介護士の仕事に就いた大森康介は、毎日出勤するのが嫌で仕方がない。1日に何度も辞めたいと思っていたが、徐々にこの仕事の面白さや、やりがいに気がついていく。認知症の人でも何も考えていないわけではない。不可解な行動の中に、その人の人生がにじみ出ていることもある。
 重くなりがちな題材であるにも関わらず、コメディタッチで、ミステリの要素もまぶしてある。私は人よりも読むのが遅い方だが、かなりスラスラと読めた。だからと言って、内容が軽いわけではない。むしろ、ずっしりと重く、考えさせられるものがある。
 登場人物が魅力的だ。康介の指導係の鈴子先輩は、まだ30歳なのにもう施設に10年勤めているというベテラン職員。だれよりも入居者のことを考えて行動する姿は、康介にいろんなことを気づかせてくれる。
 昔、あるテーマに沿って4人の方にインタビューする機会があった。生い立ちから今までのお話を伺っていくと、「なるほど、この人が醸し出している雰囲気や人柄は、こうして生まれたのか」と妙に合点がいった。
鈴子先輩は、20歳から介護施設で働いていることになる。鈴子先輩の人生の背景がずっと気になりながら読んでいた。
 康介には好きな人がいる。風俗で働くかわいい女の子だ。彼女とのエピソードも切なく、胸にジンと来るものがあった。
 康介が働く施設は、100人以上が入居する大きな施設で、最近多い個室タイプではなく大部屋。介護保険制度ができる前からホームを運営してきた社会福祉法人が母体だ。康介が担当している3階には重度の人が多い。大部屋だからこそ生まれるエピソードも後半に出てくる。
 著者は、特別養護老人ホームに入居していたお母様を、コロナ禍の中で亡くされている。そして重度障害者の奥様を長年介護してきたという経験がある。2011年にデビューする直前には、都内の高齢者施設で介護ヘルパーになるための実習を受けていた。作品のリアリティは、著者自身の人生からつむがれたものだと思うが、小説としてのエンターテイメント性にも優れている。
 デビュー作は、ろう者の両親のもとで育った聴者を主人公にした「デフ・ヴォイス」。居所不明児童を題材にした「漂う子」、事故で重傷を負った妻を介護する夫を主人公にした「ワンダフル・ライフ」など、社会的に弱い立場にある人たちを題材に物語を書いている。
 今回の作品では、康介が介護士になってから1年間の出来事がつづられている。今後、康介がどう成長していくのか、そして鈴子先輩はどうしていくのか、ぜひ、続編が読みたいと思った。
【奥森 広治】

幻冬舎 1600円(税別)

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