本よみ松よみ堂
宮部みゆき著『ぼんぼん彩句』
俳句から着想を得た12編の短編。本当に怖いのは人間
著者の宮部みゆきさんは、仕事を通して親しくしてきたほぼ同年代の人たちと15年前にBBKという会をつくったという。3、4か月から半年の間隔で集まってカラオケを歌う。1人1曲必ず新曲を歌うことで、ゆくゆくはボケ防止につながるかもしれない、ということで、「ボケ防止カラオケ」を略したものだという。
その後、2012年の夏に『怖い俳句』(倉阪鬼一郎・幻冬舎新書)という本に出会い感動した宮部さんは、自分でも俳句を作ってみたいと思うようになり、BBKのメンバーに話したところ、俳句を作った経験のある人が少なからずいて、みんな思いっきり乗り気に。句会を開くようになった、という。
今回の作品は、12編の短編集だが、タイトルになっているのはBBKの句会でメンバーが詠んだ句。その句から着想を得た宮部さんが物語を作り出している。
怖い話が多いな、と思った。
宮部さんの今の仕事は9割が時代小説だという。現代小説をまとめて書いたのは久しぶりで、日々のニュースに触れて感じていたものが、この本に一気に出てしまったという。
この欄でも、宮部さんの「三島屋変調百物語」シリーズを何度か紹介させていただいた。調べてみると、5作目の「あやかし草紙」まで紹介して、その後紹介していない。うっかりしているうちに、シリーズは9作目の「青瓜不動」までが刊行されていた。百物語は途中で止めると凶事を招くので、「這いつくばってでも」99話まで書くという。
さて、今回の本で本当に怖いと感じるのは人間だ。「薔薇落つる丑三つの刻誰ぞいぬ」には幽霊のようなものが出てくるのだが、この作品でも醜悪で怖いのは主人公の女子大生を陥れようとする彼氏とその仲間たちだ。
「鋏利し庭の鶏頭刎ね尽くす」では、主人公の女性が嫁いだ家庭が怖い、というか、気味が悪い。夫は15歳の時に亡くなった同級生の女の子を今でもずっと想っている。義父母と夫の2歳年下の妹も、夫とその女の子が結婚することを望んでいて、彼女とその女の子をなにかと比べる。とにかく夫の家族の、死んだ女の子への執着が異常なのだ。
「月隠るついさっきまで人だった」も怖かった。お姉ちゃんに初めて彼氏ができたと喜んでいた母と妹だったが、初めて姉の彼氏に会った妹は、最初から違和感を感じる。ニュースなどでよく見る悲惨な事件を連想させる展開に。
「山降りる旅駅ごとに花ひらき」に出てくる家庭も異様だ。祖父の遺言状開示と形見分けのために集められた家族。主人公は3人姉妹の次女だが、美人の家系の中で、容姿のせいで存在感が薄く、特に母と妹からは露骨にいじめられてきた。
「薄闇や苔むす墓石に蜥蜴の子」は、主人公の少年が行方不明になっている男の子の遺品を偶然見つける。これも昨今の嫌なニュースを連想させる。
「窓際のゴーヤーカーテン実は二つ」は、冬になっても枯れないベランダのゴーヤーに、主人公の女性がある種の恐怖を覚える怪異的な話。ただ読後感は良かった。
もちろん、怖くない作品もある。
「異国より訪れし婿墓洗う」は、近未来の医療が題材のSFのような作品。
「同じ飯同じ菜を食ふ春日和」は、夫婦と娘の時の流れを、3人の会話だけで描いているところが面白い。【奥森 広治】