本よみ松よみ堂
佐川光晴著『猫にならって』

戦後から現代まで、猫と人間を描く連作短編集
 8編からなる連作短編集。物語は戦後から現代まで続いていく。
 10歳になる芳子は麻布の自宅のベッドに臥せっていた。8歳で結核を発症し、治癒したが、その後も体力が回復しなかった。敗戦から約3年後のことである。4~5歳の頃は、3人きょうだいの中で一人だけ福井に疎開させられていた。ただ、疎開先の扱いが酷いことにはらを立てた父が東京に連れ戻し、大空襲にあった。
 麻布の家にはミー子というキジトラのメス猫がいた。風通しのためにドアが半開きになっていて、ミー子は自由に出入りしていた。夕方に出てゆき、明け方に戻ってくる。ミー子は芳子がベッドに敷いていやった毛布の上で4匹の子猫を生んだ。
 避妊去勢手術と完全室内飼育が推奨される現代からすると、かなりゆるい飼い方だが、戦後の日本はこんな感じだったと思う。ミー子もはっきり飼われているというより、子猫の時に現れ、いつの間にか居ついた、という感じだ。
 22歳になった芳子は弁護士になったばかりの岸川典光と出会い、24歳で出産する。初産を迎えた芳子が思い出していたのは、ミー子の出産と子育ての様子だった。
 物語はその後、二人の子どもでガラス作家となったミカズと妻の順子、二人の間にできた双子の子どもたちや、その友達、猫を診てくれる獣医師、教師をしている順子の教え子など、縦糸横糸で結ばれた人間関係の中で展開してゆく。
 著者の思い入れなのか、場所としては、神奈川、埼玉、北海道、そしてなぜか長崎がよく出てくる。
 猫好きの私は、本のタイトルに猫が入っていると、思わず手に取ってしまうところがある。猫が出てくる小説には大きく分けて2種類あり、猫が主人公で猫中心に物語が展開するものと、猫は登場人物同士をつないだり、登場人物たちに何かを気づかせてくれる存在として登場する、というものだ。前者の代表的作品は有川浩の「旅猫リポート」などで、今回の作品は後者に当たる。数としては、後者の方が多い。
 「気になるあのひと」という短編の中に出てくる、猫を飼っていることを条件に部屋を貸すというマンションが面白いと思った。獣医師のエイミー先生こと浦野映美の元恋人で、不動産鑑定士の松田圭司が故郷の長崎で、入居者同士の折り合いが悪く、トラブル続きのマンションを再生するために思いついたアイデア。猫を飼うにはお金がかかる。気まぐれな猫と付き合うためには、精神的なゆとりも必要。つまり、入居者は安定した収入があり、落ち着いた性格の持ち主だということになる。猫の飼い主同士なら、もめごとも起こりづらい、と考えたのだ。
 あるトラブルに巻き込まれた高校生の律子は、このマンションで猫と暮らすおばあさんと話すうち、少しストレスから解放された気持ちになるのだった。
 全体的に明るく希望の持てる話が多いのだが、「猫の恩返し」という最後の1編の背景には、コロナ禍でのペットブームとペット業者の問題や、猫島でのTNR(猫を捕獲し、不妊手術を施し、もとに返すこと)などを背景に、猫につきまとう暗い現実も描かれていた。
【奥森 広治】

実業之日本社 1750円(税別)

あわせて読みたい