日曜日に観たい この1本
ラーゲリより愛を込めて
1989年に文藝春秋より出版され、大宅壮一ノンフィクション賞、講談社ノンフィクション賞を受賞した辺見じゅんのノンフィクションが原作。主人公の山本幡男(二宮和也)は実在した人物である。
終戦直前の旧満州国ハルビン。日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、火事場泥棒的に侵攻してきたソ連軍の攻撃から逃れる途中、幡男と家族は生き別れになってしまう。ソ連軍の捕虜となった幡男は、シベリアの強制収容所(ラーゲリ)に送られた。妻のモジミ(北川景子)は、「日本で落ち合おう」と言った幡男の言葉を信じて4人の子どもたちとともに、夫の帰国を待っていた。
シベリアに抑留された日本人は60万人を超えるという。食事は朝に配られる黒パン一切れとお粥のみ。酷い時には零下40度以下にもなるという極寒の地で、栄養失調と過酷な重労働のため、バタバタと死んでいく。希望を失い、自暴自棄となって走り出し、銃殺される者も。そんな中、幡男は行き倒れになりそうな仲間がいれば必ず肩を貸し、「ダモイ(帰国)の日は必ず来ます」とみんなを励まし続ける。
幡男と関わる4人の男たちが登場する。
特に相沢光男(桐谷健太)と幡男との対比が物語の一つの軸になっていた。
驚いたことに、ソ連は旧日本軍の階級を収容所内の統制に利用していた。奴隷のように強制労働を強いられる元兵士たちを横目に将校たちは、タバコをふかし、焚き火にあたって談笑している。その中でも下っ端で軍曹の相沢は、元兵士たちの見張り役だ。
相沢は、上官から捕虜の殺害を命じられた経験から、戦場で人として生きることを止めた。一方、幡男はどんな過酷な状況でも人として生きることを諦めない。
相沢は幡男たちを「一等兵」と階級で呼び、決して名前を呼ぼうとしない。幡男は「相沢さん」と相手の名前で呼びかける。
あっち側とこっち側。なに人となに人。顔の見えないグループで色分けするとき、憎しみや戦争が起きる。「○○さん」、と一人ひとりの顔を思い浮かべることができれば、憎しみは湧いてこない。
階級で呼び続ける相沢には、相手の顔が見えていないのだろう。
他の3人も心に傷を負っていた。
松田研三(松坂桃李)は、戦場で足がすくみ、目の前で友を亡くしたことから、自らを「卑怯者」だと思っている。
原幸彦(安田顕)は、幡男の同郷の先輩で、幡男にロシア文学の素晴らしさを教えてくれた。しかし、収容所で再開した原は拷問にあったのか、心身ともにボロボロの状態で現れた。
新谷健雄(中島健人)は、足が不自由なために徴兵されなかったが、漁をしていて連行された。兵士でもない者が収容されていることに、幡男はがく然とする。新谷は文字が読めなかったが、幡男から文字を習うようになる。
もともと軍隊にいなかった新谷は少し事情が違うが、他の3人は幡男と接することで、失いかけていた人間らしさを取り戻していく。
それにしても幡男はどうしてこんなに前向きに生きられたのだろう。幡男はロシア文学を愛読し、通訳できるほどロシア語も堪能だった。それだけでなく、俳句にも通じている。世界情勢にも明るく、終戦後に捕虜を強制労働させるソ連の行為は明らかな国際法違反で、こんなことが長く続くはずはないと思っている。
知識は、人を助け、人を豊かにする。勉強することの本当の意味はここにある。
どんな過酷な状況でも、ささやかな楽しみが人を支える。「野球っていいなぁ」と改めて思った。
心優しい新谷は、労働作業中に出会った子犬にクロと名付け、貴重な食料を与える。収容所で大きくなったクロはみんなの心をなごませ、幡男を見守るようになっていく。
そして、なによりも幡男を支えていたのは、帰国して家族に会いたいという強い思いだった。遠く離れていても、強い絆で結ばれている幡男と家族。最初と最後に登場するあるシーンには、命の連鎖と希望の継承という意味が込めれているのではないかと思う。【戸田 照朗】
監督=瀬々敬久/出演=二宮和也、北川景子、松坂桃李、中島健人、寺尾聰、桐谷健太、安田顕、奥野瑛太、金井勇太、中島歩、田辺桃子、佐久本宝、山時聡真、奥智哉、渡辺真起子、三浦誠己、山中崇、朝加真由美、酒向芳、市毛良枝/2022年、日本
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「ラーゲリより愛を込めて」、豪華版ブルーレイ8800円(税込)、豪華版DVD7700円(税込)、通常版ブルーレイ5720円(税込)、通常版DVD4620円(税込)、発売中、発売元=TBS、発売協力=TBSグロウディア、販売元=TCエンタテインメント