本よみ松よみ堂
宮島未奈著『成瀬は天下を取りにいく』
西武大津店閉店から始まる地元愛あふれる物語
読み終わった時、主人公・成瀬あかりの大学時代を早く読んでみたいと思った。やっぱり、青春小説はいい。
物語は中学2年の夏から始まり、最終章は高校3年の夏。物語は大学受験を前に終わっているが、成瀬ならきっと第一志望の京都大学に合格するに違いない。個性的な学生が多いと言われる京大で、どんな青春を送るのだろうか。著者の宮島未奈さんは、京大出身だから、成瀬の学生生活を生き生きと書くだろう。東京の大学に行くという親友の島崎みゆきとはどんな交流が続くのだろう。全国高校かるた大会で知り合った西浦航一郎とは、その後どうなるだろう。想像するだけで、楽しくなる。
6編からなる連作短編集。2021年に「ありがとう西武大津店」で第20回「女による女のためのRー18文学賞」大賞、読者賞、友近賞を受賞。同作を含む本書がデビュー作だという。宮島さんは静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。
成瀬は大津市で生まれ育った。幼い頃から運動も勉強も絵も歌もなんでもできてしまう子どもで、一人でなんでもできてしまうため、他人の目を気にすることなくマイペースに生きている。本人にとっては、できることが当たり前すぎて、自分のことを特別すごいとも思っていないようだ。他人と比べることをしないので、嫌味もない。しかし、成瀬の気持ちとは裏腹に、周囲は意識する。小学校高学年になると、孤立していくようになった。
成瀬と同じマンションで生まれ育った島崎みゆきは「成瀬あかり史」の大部分を間近で見てきたという自負があり、成瀬を見守るのが己の務めだと考えている。コミュニケーション能力が高く、友人も多い。
成瀬の夢は200歳まで生きること。大きなことを百個言って、ひとつでも叶えたら「あの人すごい」になるという考えから、日頃から口に出して種をまいておくことが重要なのだという。成瀬の発想はユニークで、かなり変わった子だと思われるのも無理はない。
最初に収められている「ありがとう西武大津店」では、「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」と宣言する。大津市唯一のデパート西武大津店は8月31日に営業終了し、44年間の歴史に幕を閉じる。閉店まで、地元のテレビ局がローカル番組で毎日中継する。成瀬は、閉店までの1か月間毎日西武に通い、なぜかファンでもない西武ライオンズのユニフォームを着て毎日中継に映り込む。成瀬は島崎に中継を見るように頼む。島崎は中継をチェックするだけでなく、自分もお付き合いで西武のユニフォームを着て中継に映り込むようになる。
同じような経験を松戸市民も2018年に味わった。市内で唯一のデパートだった伊勢丹松戸店が3月に閉店。43年の歴史に幕を下ろした。地元のデパートがなくなるという寂しさ。それは単に大型店の一つが閉店するのとは違う。そこには、子どもの頃からの思い出が詰まっている。
「階段は走らない」(3編目)は、西武大津店の閉店に思いを寄せる40歳を過ぎた敬太とマサルの話。西武の閉店を機に二人は同窓会を企画し、小学6年生から音信が途絶えているタクローを探し出そうとする。この一編では、成瀬はテレビ中継に映りこんでいた子として、少し遠くから描かれている。
「膳所から来ました」(2編目)では、成瀬は島崎を巻き込んで、漫才コンビを結成し、M―1に挑戦する。コンビ名は「ゼゼカラ」。二人が住んでいる大津市膳所は「ぜぜ」と読む。
「線がつながる」(4編目)では、膳所高校に入学した成瀬が坊主頭でクラスに入ってきて、クラスメイトの大貫かえでをギョッとさせる。実は成瀬は髪は1か月に1センチ伸びるというのは本当かどうかを実験していたのだが、かえではそんな成瀬が中学時代から苦手だった。
「レッツゴーミシガン」(5編目)では、全国高校かるた大会で知り合った西浦航一郎を成瀬が琵琶湖を周遊する観光船ミシガンに案内する。周囲から変わっていると思われている成瀬に、なぜ惹かれるのかに気がついた西浦の想いが清々(すがすが)しい。
最終話の「ときめき江州音頭(ごうしゅうおんど)」では、連作短編の結びの話らしく、各編の登場人物がつながり、成瀬と島崎の高校生最後の夏が描かれる。
全編を通して滋賀県大津市への愛に溢れている。その地元愛を体現しているのが、西武大津店であり、成瀬あかりの想いだ。【奥森 広治】