本よみ松よみ堂
吉田修一著『ミス・サンシャイン』

20代の一心が恋した80代の伝説の大女優・鈴さん
 『横道世之介』以来の著者のファンである。今回の主人公は岡田一心という大学院生で、著者の書く青春小説なら間違いないだろうと、本書を手にとった。
 オビには「僕が恋したのは美しい80代の女性でした」というコピーと吉永小百合さんの推薦文が添えられている。
 ゼミの担当教授・五十嵐先生の紹介で、一心は伝説の大女優・和楽京子の自宅で資料整理のアルバイトを始める。和楽京子の本名は石田鈴といい、「鈴さん」と呼ばれている。
 和楽京子は戦後の1949年にデビューし、日本映画の全盛期を支える人気女優となっていく。最初は大きな瞳と肉感的な身体が注目を集めたが、主演した映画がカンヌ国際映画祭で日本映画として初めてグランプリを受賞し、敗戦で打ちひしがれた日本人の心に自信と希望を蘇らせた。和楽京子はその後、ハリウッドに進出。アカデミー賞の主演女優賞にもノミネートされる。美しい容姿だけではなく、「呼吸するみたいに演技する」という俳優としての才能と、運にも恵まれていた。
 1964年の東京オリンピックを機に家庭にテレビが普及する頃から映画は斜陽となっていくが、和楽京子は人気のテレビドラマにも出演してテレビの世界でも活躍する。
 一心が出会った和楽京子は女優を引退して10年がたち、都心の高級マンションで猫のプクとのんびりと暮らしている。昌子さんという元マネージャーが、お手伝いさんのように通ってくる。
 一心も子どものころに見たテレビドラマで和楽京子のことを知っていたが、詳しいわけではない。一心が整理する和楽京子の資料は映画史上貴重なもので、鈴さんの了解を得て、五十嵐教授に渡すことになっていた。一心は資料を整理する傍らで、和楽京子が出演した昔の作品を見ていく。
 物語は、鈴さんの女優としての人生を振り返りながら、現在進行形の一心の切ない恋が描かれる。一心の恋の相手は、カフェで働く桃ちゃんという女の子だが、一心は鈴さんの自宅に通ううちに、鈴さんにも惹かれていく。
 鈴さんと一心には共通点がある。二人はともに長崎の出身(長崎は著者の故郷であり、横道世之介も長崎から上京したという設定だった)。
 長崎の小中学校では原爆のことをよく勉強したが、東京に出てきた一心は、日本の他の地域ではあまり原爆のことが知られていないことを知る。
 そして、鈴さんは被爆者だった。鈴さんには佳乃子という親友がいた。二人が並んでいると双子の姉妹かと思われるほど、佳乃子も美しい女の子だった。鈴さんは、自分が歩いてきた道は、本当は佳乃子が歩くはずだった道ではなかったかと思う。
 和楽京子には具体的なモデルがいるのに違いない、と思いながら読んでいた。そう思えるほど、主演した映画のストーリーや和楽京子の演技の魅力がリアルに描かれている。実在の有名俳優などの名前も出てくるので、実際に和楽京子が生きて彼ら彼女らと仕事をしていたように感じる。しかし、インタビュー記事を読むと、和楽京子も主演した映画作品も全て著者の想像から生まれたという。なんという想像力だろうか。
 20代の一心と80代の鈴さんが恋愛をするということは、ありえるだろうか。それが、著者の筆にかかると「ありえるかも」と思えてしまうのだ。【奥森 広治】

文藝春秋 1600円(税別)

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