日曜日に観たい この1本
漁港の肉子ちゃん

 原作は西加奈子のベストセラー小説だが未読である。明石家さんまがこの物語に惚れ込んで、アニメ化が実現したという。
 関西に生まれた通称・肉子ちゃん(見須子菊子=みすじきくこ)は食べることが大好きで明るい38歳の女性。お人好しで惚れっぽく、男に騙され続けて苦労してきた。肉子ちゃんは、男と別れるたびに娘のキクコ(喜久子)を連れて、東へ東へと流れてきた。そして行き着いたのが、北の小さな漁港のある街だった。
 キクコは小学校5年生になり、地元の小学校に通っている。肉子ちゃんを騙してきた男たちは嫌いだったが、この漁港に流れ着く前に東京で一緒に暮らしていた自称・小説家の文学青年は少し違っていた。生活力はなく、肉子ちゃんが稼いだ金は本に変わってしまったが、キクコは文学に出会うことができた。
 キクコはすらりとした可愛い女の子で、肉子ちゃんとは似ていない。肉子ちゃんのことは大好きだが、肉子ちゃんと一緒にいるところをクラスメイトに見られるのはちょっと恥ずかしい。学校では、この年頃の女の子独特のグループ間でのいざこざに巻き込まれて悩んでいる。そんな時、二宮というちょっと変わった男の子に出会い、気になるようになった。
 肉子ちゃんは、焼肉屋「うをがし」で働いている。店主のサッサン(サスケ)は自分の船を親子の住居として格安で貸してくれ、なにかと気遣ってくれる優しい人だ。
 二人が住む船の住居が面白い。観光船として使われていたのか、船底の一部がガラス張りで、泳いでいる魚が見える。キッチンとトイレ、電子レンジに洗濯機、固定電話もある。電気や電話線はどうなっているのだろう。台風が来たら大変だ。
 キクコは寝ている肉子ちゃんを見てトトロみたいだと思う。「となりのトトロ」のオマージュだと思われる場面がいくつか出てくる。それと、肉子ちゃんとキクコが休日に行く水族館にいるペンギンは「新世紀エヴァンゲリオン」に出てくるペンペンに似てると思った。
 幻想的な夏の風景。セミやトカゲ、ヤモリ、神社の鳥居の「声」も聞こえる。
 日本アニメの名作をリスペクトしているだけではなく、その色使いや光の演出、背景の美しさも一流だと感じる。
 時代はいつごろなのだろう。肉子ちゃんが使っているガラケーの感じからすると、今よりも少し前だ。通学路の分かれ道にある大きな木の下の馬頭観音。物知りの二宮は昔はこの馬頭観音はもっと港の近くにあったが、津波で移されたとキクコに説明する。東北にある漁港だとすると…。
 思春期にさしかかったキクコの成長を描きつつ、背景にある大人の世界の理不尽さや人の温かさも描く、濃厚で切ない物語だ。【戸田 照朗】
 企画・プロデュース=明石家さんま/原作=西加奈子「漁港の肉子ちゃん」(幻冬舎文庫刊)/監督=渡辺歩/キャラクターデザイン・総作画監督=小西賢一/美術監督=木村真二/脚本=大島里美/音楽=村松崇継/アニメーション制作=STUDIO4℃/声の出演=大竹しのぶ、Cocomi、花江夏樹、中村育二、石井いづみ、山西惇、八十田勇一、下野紘、マツコ・デラックス、吉岡里帆/2021年、日本
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 「漁港の肉子ちゃん」、ブーレイ豪華版(初回限定)8580円(税込)、ブルーレイ通常版5280円(税込)、DVD通常版4180円(税込)、発売元=よしもとミュージック

©西加奈子/幻冬舎 ©2022「漁港の肉子ちゃん」製作委員会

©西加奈子/幻冬舎 ©2022「漁港の肉子ちゃん」製作委員会

©西加奈子/幻冬舎 ©2022「漁港の肉子ちゃん」製作委員会

©西加奈子/幻冬舎 ©2022「漁港の肉子ちゃん」製作委員会

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