本よみ松よみ堂
知念実希人著『祈りのカルテ』

患者の「祈り」に隠された謎に若き研修医が挑む

 著者の作品を読むのは初めてだ。
 5編からなる連作短編集。主人公の研修医・諏訪野良太(すわのりょうた)は、大学病院での研修期間の2年間に多くの診療科で研修を積み、自分の進む診療科を決めなくてはならない。医師にとっては人生を左右する大切な選択だという。各診療科には、それぞれに違う特徴と雰囲気があり、その違いも読んでいて面白かった。それにしても医師の労働環境は過酷だ。使命感だけで乗り越えられるものではないと思う。
 著者自身も医師だという。ミステリー作家としてスタートしたとのことで、各編には物語の中心となる「謎」が存在する。謎とはなんと物語を牽引する力となるものだろう。ページをめくる手が止まらなくなった。
 「彼女が瞳を閉じる理由」は精神科が舞台。定期的に睡眠薬の大量服用を繰り返して病院に運ばれてくる若い女性が登場する。彼女はなぜそんなことを繰り返すのか。
 「悪性の境界線」は外科が舞台。年配男性の胃がん患者が内視鏡手術を拒否し、すぐに開腹手術をして欲しいと言い出す。
 「冷めない傷痕」は皮膚科が舞台。足にひどい火傷を負ったシングルマザーが入院してくる。不思議なことに入院後に新しい火傷の傷痕が増えていることに諏訪野は気がつく。
 「シンデレラの吐息」は小児科が舞台。喘息の発作で8歳の女の子が運ばれてくる。順調に回復していたのに、退院を前に、女の子はまた発作を起こす。
 「胸に嘘を秘めて」は、循環器内科が舞台。最上階の個室には有名女優が拡張型心筋症で入院している。病院のセキュリティは万全なのに、なぜか彼女が難病であることが週刊誌に載ってしまう。
 各診療科の諏訪野の指導医たちは、その診療科のプロで、患者と医療にも誠実に向き合っている。一方の諏訪野は医学部を出たとはいえ、まだ未熟で、ちょうど私たち一般の人と、プロの医師との間の存在として描かれている。それだけに、プロの医師が当たり前のこととして流してしまう日常の中に潜む違和感に気がつき、謎を追求する手がかりをつかんでいく。
 各編に登場する患者にはそれぞれに心に秘めた「祈り」がある。どれも心温まるものだ。
 特に一番心に残ったのは最後の「胸に嘘を秘めて」だった。扱っているのが生死に直結する心臓の病だということもあるのだろう。移植手術のために募金を募る児童の記事をこの新聞でも掲載したことがある。【奥森 広治】

角川文庫 640円(税別)

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