本よみ松よみ堂
群ようこ著『子のない夫婦とネコ』
他人がなんと言おうと、ネコとの生活は幸せ
椎名誠の業界紙記者から「本の雑誌社」創設期までを描いた一連の青春小説が好きで、その中に群さんのことも出てくる。長くその存在を知りながら、著者の作品を読んだのは今回が初めてだ。
まずタイトルが目に留まった。「子のない夫婦とネコ」。実際にそういったご夫婦を知っているし、私自身も独身で猫5匹、犬1匹と暮らしている。
この本は連作短編集で「男やもめとイヌ」「中年姉妹とネコ」「老母と五匹のおネコさま」「歳の差夫婦とイヌとネコ」と、合わせて5作品が収められている。いずれも大きな展開があるわけではなく、イヌやネコとの日常の暮らしが描かれる。そして、とにかくイヌとネコのかわいい様子が、「これでもか」というくらい描かれている。私は非常に楽しく、ほっこりし、時に涙をこぼしながら読んだが、果たして動物に興味のない人が読んだらどうなのだろうか、と少々気になった。
でも、まぁ、そういう人は最初からこの本を手に取らないだろうし、いいのかな。
逆に好きな人にとっては、「ああわかるなぁ」という部分が随所に出てくる。
そして、もう一つ、どの作品の登場人物も中高年だということ。老いを感じ始めた年代で、自分に残された時間とイヌ、ネコの寿命が気になり始める。
「男やもめとイヌ」
コウジは、55歳の時に離婚して、60歳になる今はアパートで一人暮らし。公園で野良イヌに出会い、大家さんのすすめもあって、そのイヌを飼い始める。
元妻は仕事ができ、収入も高く、息子の教育でも元妻の意見が常に優先された。コウジは、イヌへの心配や気遣いを通して、こんな風に妻や息子に対して気遣ったことがない自分に気づく。
「中年姉妹とネコ」
66歳のヒロコと64歳のヒトミは両親が遺した古い家に住んでいる。ある日庭に子ネコが迷い込んできた。そして3日後には別の子ネコが。姉妹とメスネコ2匹の生活が始まる。
66歳の今も会社で働いているヒロコと50歳で早期退職したヒトミは両親の看護と介護をめぐって微妙な関係になっていた。しかし、子ネコが家族になってからは、家の中が活気づき、姉妹の会話も増えて笑い合うことも多くなった。
「老母と五匹のおネコさま」
85歳の父が急逝。息子で50歳のマサオと4歳年下の妹のユミコは、父に黙って従ってきた70歳の母の豹変(ひょうへん)ぶりに驚く。
一人になった母は保護した5匹の子ネコを飼い始め、明るくなった。母は昔からイヌやネコを飼いたかったが、父が動物嫌いだったので、あきらめていたという。
それにしても、いっぺんに5匹も飼って大丈夫なのか。溺愛して高価なエサばかりあげて、老後の資金は大丈夫なのか。兄妹の心配は尽きない。
「歳の差夫婦とイヌとネコ」
サトコは66歳で、夫のオサムは48歳。事実婚をして3年目。サトコは公務員として働いていたが、50歳の時にギャンブル好きの前夫と別れた。子供はいない。オサムはサトコが通っていたスポーツジムの従業員だった。
オサムは小学校低学年の子供がそのまま中年になったような人で、かけ値なく優しい。動物第一主義で肉は口にしない。サトコも動物が大好きで、二人は動物が飼える賃貸の古い一軒家に引っ越す。
そして近所に住む一人暮らしのおばあさんが施設に入るために飼えなくなったイヌを引き取り、おばあさんの家でエサをもらっていた外ネコも家族になる。
近所で夫婦は姉弟だと思われているらしい。
掲載順は違うが、最後に表題作の「子のない夫婦とネコ」。この作品が一番好きだ。
モトコとツヨシは大学の同級生で、結婚して39年になる。その間、家にネコがいないことはほとんどなかった。ツヨシはあまり印象に残らない平凡な人だったが、優しかった。
ツヨシは実家でネコをかわいがっており、結婚してすぐに捨てられていた子ネコを拾ってきた。モトコは結婚後、専業主婦になった。双方の両親の期待をよそに、二人には子供ができなかった。できないものは、しょうがない。それでも、両親の孫への執着はなくならなかった。ネコと3人で川の字になって寝るのが最高の幸せだが、両親にそんなことを言っても理解してもらえない。
結婚して10年後に、一戸建てに引っ越し、2匹の子ネコが加わって3匹になった。モトコは近所のスーパーでパートを始めるが、パートの先輩おばさんたちに子供がいないと話すと、「それは寂しいわねえ」と気の毒そうな顔をされる。
子供がいなくても、ネコとの生活は幸せそのものなのだが、ネコは人間より早く年を取り、やがて別れがやってくる。これは仕方のないことだと分かっていても、耐えがたくつらいことだった。
私もネコがいるから寂しいと思ったことはないのに、一人は寂しいから早く結婚しろとよく言われる。親世代には「結婚」=「幸せ」、「子供がいない」=「寂しい」という固定観念が染みついていて、これには何を言ってもムダだという気がする。幸せかどうかは本人にしかわからない。他人が自分の物差しで決めつけるものではない。
実家で最初にネコを拾ってきたのは私だ。以来、ずっとネコがいる。そのころ、ネコと私の関係は「友だち」、あるいは「兄妹」だった。
作品の中で夫婦はネコの「お父さん」「お母さん」になっている。私はネコの「お父さん」だと思ったことはない。「保護者」ではあると思う。大人になって一人でネコを飼ったときに、これで失業できなくなったな、と思った。子供のころは、自分も親の保護下にあったので、ネコと同じ立場だったのだと思う。
ほかの作品にも同じような場面があるが、登場人物はネコが膝の上で寝てしまうと、目が覚めるまでそのまま動かない。私よりずっと優しい。私はお構いなしにネコを起こして、自分の用事を済ませてしまう。【奥森 広治】