本よみ松よみ堂
青山美智子著『お探し物は図書室まで』
5章からなる連作短編集。人生に迷う5人の主人公が出てくる。
区立小学校に併設されたコミュニティハウス。その中には図書室がある。カウンターには森永のぞみという高校生にも見えるくらいの若い女の子がいる。司書を目指しているというのぞみは、本を探しに来た主人公たちに司書のレファレンスを受けることを勧める。「レファレンス」と書かれたプレートの下のついたてに仕切られた一角には、小町さゆりという中年女性の司書がいる。とても大きな女性で、最初に見た主人公たちはちょっとギョッとする。彼女はいつも羊毛フェルトを作っていて、下を向いて熱心に針を刺している。
小町さんの、「何をお探し?」という言葉には優しい響きがあり、「あなたは本当は何を探しているの?」と聞かれているように感じる。
少し話を聞いた小町さんは目にもとまらぬ速さでパソコンのキーをたたき、数冊の本の名前が書かれた紙をプリントアウトする。紙を見ると、1冊だけ要望とは関係のないような本が入っている。そして、本の「付録」だと言って、羊毛フェルトを手渡す。
1章の朋香は総合スーパーの婦人服売り場で働く21歳。就職して半年。田舎が嫌で、必死に勉強して東京の短大に進学。上京してすぐに、東京はテレビの中のような夢のような場所ではないと分かったし、沸き立つような気持ちももうない。それでも、東京の便利さにも慣れてしまい、田舎に帰るつもりもない。時々ふと「私、これからどうするんだろう」と考える。
職場の風紀委員のような勤続12年の大ベテランのパート沼内さんに注意され、ちょっと嫌な気分になっていたところ、転職経験があり、職場で唯一気を許している青年、桐山くんと社員食堂でいっしょになった。
「転職」を具体的に考えるようになった朋香は、パソコンの基礎くらい覚えておこうとコミュニティハウスのパソコン教室に通うことにする。図書室でパソコンの本を探していた朋香に小町さんが紹介したのは、パソコン関連の本数冊と、なぜかあの有名な絵本『ぐりとぐら』だった。そして「付録」としてフライパンの形をした羊毛フェルトをくれた。
2章の諒は35歳。家具メーカーの経理部で働いている。高校生の時に出会ったアンティークショップがきっかけで、「いつか」自分もアンティークショップを開きたいという夢をずっと持ち続けている。10歳年下の恋人・比奈の両親からも気に入られていて、結婚を期待されているようだが、それは自分が安定した職業についているからだと思う。会社を辞めてアンティークショップをやりたいなどと言えるだろうか。起業や経営の本を探していた諒に小町さんが紹介した本の中には、起業関連の本の他に『英国王立協会とたのしむ 植物のふしぎ』が入っていた。「付録」はキジトラ猫の羊毛フェルト。
3章の夏美は40歳。元雑誌編集者。『Mila(ミラ)』という若い女性向けの情報誌の編集部で13年間がむしゃらに頑張ってきた。37歳の時に妊娠し、出産。双葉という女の子に恵まれた。臨月ぎりぎりまで仕事をし、育休は1年4か月取れるところ、わずか4か月で仕事に復帰した。しかし、待っていたのは、資料部への異動だった。娘はかわいいが、育児は思っていたよりもずっと大変だった。残業が多い夫にも不満がたまる。娘のために絵本を探していた夏美に小町さんが紹介したのは、3冊の絵本と『月のとびら』という星占いの本。そして「付録」は地球の羊毛フェルト。
4章の浩弥は30歳のニート。小学生のころ、叔父夫婦が経営する漫画喫茶で読む漫画の登場人物だけが「友達」だった。絵が大好きになった浩弥は高校卒業後デザイン学校に行きイラストの仕事に就きたいと思ったが、うまくいかなかった。バイトも続かず、ニートになっている。母に頼まれてコミュニティハウスの野菜・果物の即売会に来た浩弥は図書室で小町さんと漫画の話をしているうちに、『ビジュアル 進化の記録 ダーウィンたちの見た世界』という本を薦められる。「付録」の羊毛フェルトは小さな飛行機。
5章の正雄は65歳で、半年前に42年間勤めた会社を定年退職した。65歳は若いころに想像していたよりもずっと元気なのに、趣味らしいものもなく、熱中できるものがない。会社に行かなくなると、人間関係もなくなってしまう。明日から何をしていいのか分からない。妻の勧めで、コミュニティハウスの囲碁教室に通うことにしたが、いまひとつ気乗りがしない。図書室で囲碁の本を探していて、小町さんに薦められたのは、3冊の囲碁の本と『げんげと蛙』という草野心平の詩集だった。「付録」の羊毛フェルトはカニ。
一見すると5人の主人公が探している本とは全く関係のないような本と羊毛フェルト。しかし、不思議なことに、それぞれが本当に探してるもの、求めているものに導いてくれる。小町さんには超能力でもあるのか。いや、そうではなく、自分の悩みに真剣に向き合い、考えるからこそ、本が「気づき」を与えてくれるのだ。例えば、病気を治すのは薬ではない。薬はもともとその人に備わっている自然治癒力を引き出す手助けをして、病気を快方に向かわせるのに似ていると思う。
この連作短編集が面白いのは、主人公の周りの登場人物が後の章で、まるで伏線を回収するかのように思いがけず登場してくること。そういう意味では連作短編だが、一編の小説のようにも読める。コミュニティハウスの図書室をめぐる話だから、登場人物は近隣住民。不自然ではない。「社会」とはこういうものかもしれないと思う。
主人公たちの悩みと年代には密接な関係があるとも思える。個人的には、夏美と正雄に共感するところが多かった。小町さんは、ハニードームというお菓子の空き箱に作りかけの羊毛フェルトと針を入れている。そのお菓子は正雄が勤めていた会社のお菓子だった。「残りの人生が、意味のないものに思えてね」と話す正雄に、小町さんは「たとえば十二個入りのハニードームを十個食べたとして」「そのとき、箱の中にある二つは『残りもの』なんでしょうか」とたずねる。
人生って、見る角度によって違ったものに見えるものなのだなと思う。
【奥森 広治】