日曜日に観たい この1本
MINAMATA-ミナマタ-
一枚の写真が世界を変えることがある。
ベトナム戦争で沢田教一が撮った「安全への逃避」はアメリカの世論を変え、反戦へと向かうきっかけとなった。
水俣病を撮影したアメリカ人の写真家ユージン・スミスの 「入浴中の母親が胎児性の水俣疾患者の娘を抱いている姿」は広く世界中にこのひどい公害病の実態を知らしめることになる。この作品ではこの一枚の写真に至るまでの過程が描かれている。
ユージン・スミスは『ニューズウィーク』誌、『LIFE』誌のカメラマンとして太平洋戦争を取材。硫黄島や沖縄戦を撮影した。沖縄戦では大怪我をしている。
1971年のニューヨーク。ユージンは酒に溺れ、荒れた生活をしていた。家族とも疎遠になり、金に困って大事な機材を売ってしまうほど、写真家としてのプライドも失いかけていた。
そんなユージンのところにアイリーンと名乗る日系人女性が現れる。富士フィルムの広告の打ち合わせのためだった。しかし、アイリーンには別の目的があった。日本に来て水俣病を撮影して欲しいというのだ。
ユージンはアイリーンに押し付けられた資料も見ずに放っておいたのだが、沖縄戦で見た悲惨な戦場がフラッシュバックのように蘇ってきて眠りを妨げる。そして資料を手に取り、再び日本に行くことを決意する。
ユージンが主戦場としてきた『LIFE』誌も曲がり角に来ていた。経営を支えるために広告の方が一般紙面より多くなっている。ユージンの古い友人である編集者のボブもジャーナリズム誌としての使命を果たしたいという気持ちは同じだ。水俣病の特集を組むことを了承する。
水俣(熊本県)に着いたユージンとアイリーンはマツムラ夫妻の家に泊めてもらう。夫妻は温かく迎えてくれたが、重度の水俣病患者である娘の撮影を頼むと、断られた。マツムラは、病気の原因がチッソ水俣工場から流されている排水に原因があると強い疑いを持ちつつ、自身も工場で働いていた。水俣はチッソの企業城下町なのだ。排水に含まれたメチル水銀が魚に入り、魚を食べた猫や人々が、水銀中毒で激しい痙攣(けいれん)を起こす。
人々は工場の責任を追及するが、権力側にあるのは工場。人々の運動を高圧的に押さえ込もうとする。ユージンも撮影を妨害され、時に挫(くじ)けそうになりながら、撮影を続けていく。
そして、ユージンが人々の信頼を得て、あの一枚を撮影するシーン。その美しさに慟哭(どうこく)してしまった。この場面を目に焼き付けたいと思うのだが、目を開けていられなかった。
私は大分県で生まれたので、水俣は比較的近い。恥ずかしながら、この映画を見るまでは、水俣病が遠い過去のものとなっていた。しかし、患者の苦しみは、今も続いている。本当であれば日本人が作るべき映画だと思う。
ユージンを演じるのはジョニー・デップ。製作にも関わっている。アイリーンを演じるのは美波。ほかに真田広之、國村隼、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子ら一流の俳優陣が脇を固めている。
【戸田 照朗】
原案=写真集「MINAMATA」W・ユージン・スミス、アイリーンM・スミス(著)/監督=アンドリュー・レヴィタス/音楽=坂本龍一/出演=ジョニー・デップ、真田広之、國村隼、美波、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子、ビル・ナイ/2020年、アメリカ
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「MINAMATA│ミナマタ│」、ブルーレイ税込5170円、DVD税込4180円、発売中、発売元=カルチュア・パブリッシャーズ、販売元=TCエンタテインメント