本よみ松よみ堂
伊坂幸太郎著『ペッパーズ・ゴースト』

人の未来が少しだけ見える中学教師が巻き込まれる大事件

 中学校教師の檀千郷(だんちさと)には不思議な能力がある。 人の飛沫を浴びたり、唾液に触れると、その相手の未来が少しだけ見える。この能力は遺伝による体質のようなもので、父にも同じ能力があり、亡くなる前にそのことを聞かされていた。父親はこの能力のことを「先行上映」と言っていた。しかし、この能力をどう使えば人の役に立てるのかわからない。他人の未来がわかっても、何もできないことの方が多い。壇は以前に受け持った生徒が卒業後に暴力事件を起こしたことに罪悪感を感じている。彼の家庭環境のことを知らず、誤解していた。ひょっとしたら、彼の未来を見る機会があり、気づくことができたかもしれないのに。そんな無力感から、檀は心療内科のカウンセリングに通っていたことがある。
 檀は教え子の里見大地(さとみだいち)の未来を見てしまう。どうやら新幹線の事故に遭うらしい。さすがに放っておけないと、架空の占い師をでっち上げて、それとなく里見大地が新幹線に乗らないように誘導する。里見大地は危うく難を逃れたが、これをきっかけに、里見大地の父親・里見八賢(さとみはっけん)が接触してきた。里見八賢は日本版CIAとも言われる「内閣情報調査室」に勤めている。檀は何かを疑われているのだろうか。
 ところがこの里見八賢が行方不明になり、 成海彪子(なるみひょうこ)と野口勇人(のぐちはやと)が里見八賢の行方を尋ねてきた。二人は爆弾テロ事件の犠牲者の遺族でつくる「サークル」のメンバーだという。里見八賢の恩師もこの事件の犠牲になっており、彼らと行動を共にしていた。
 檀は物騒な事件に巻き込まれていく。途中からはサークルメンバーの成海彪子の視点でも描かれる。
 この作品はいわゆる入れ子構造になっており、作中にもう一つの物語が進行する。布藤鞠子(ふとうまりこ)という檀が受け持っている生徒が執筆中の小説だ。国語教師である檀は小説を読むように頼まれる。
 ネコジゴハンターのロシアンブルとアメショーという二人の男が活躍する物語だ。二人は猫を虐待する動画の視聴者、支援者を洗い出し、復讐していく。ロシアンブルは悲観的でいつも何かを心配している。反対にアメショーは楽観的だ。この二人のやりとりが面白い。
 著者の伊坂幸太郎氏は松戸市の出身で東北大学に進学。現在も仙台に在住し、仙台が作品の舞台となることも多い。しかし、今回は東京が舞台のようだ。
物語には架空のプロ野球チームが登場する。東京ジャイアンツと東北イーグルスだ。実在のチームのように企業名は入っておらず、この2チームが同一リーグということになっている。ジャイアンツの本拠地、後楽園球場での試合が物語の重要な場面となる。
 長く仙台に住んでいる伊坂さんはイーグルスのファンなのだろうか。ロシアンブルほか登場人物の多くがイーグルスファンのようだ。
 テロや動物虐待、それを伝えるメディアの姿勢など、法律では解決できないもやもやした問題が散りばめられている。
 哲学者ニーチェの言葉が度々出てくるが、これは正直あまり理解できなかった。【奥森 広治】

朝日新聞出版 1700円(税別)

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