本よみ松よみ堂
婚活探偵
婚活に苦戦する敏腕探偵を描いたユーモア小説
婚活探偵 大門剛明 著
双葉社 1600円(税別)
41歳の黒崎竜司は敏腕刑事だったが、訳あって警察を辞め、現在は探偵事務所で探偵をしている。探偵としても優秀で、業界の中でも名前が知られるようになってきた。事務所ではハードボイルドを気取っているが、彼には人に言えない弱点があった。いかつい外見のためか、モテた試しがなく、女性とまともに付き合ったことがない。
いつも目にする「いつまで〝いつか〟なの?」という結婚相談所のポスターのコピーが気になっていた。このままでは、自分はずっと独りだ。そして、寂しく死を迎えるのだろう。
そんな時、女子大生の依頼で捕まえたストーカー男。はたしてその素顔は53歳の独身大学教授だった。警察に連行される際にその男が言った「寂しかったんだよ」という言葉。自分の未来を見るような気がした黒崎は、勇気を出して結婚相談所の会員となった。
設定からしてちょっと笑える。最後まで楽しみながら読めるユーモア小説だった。
面白さの中に、結婚をめぐる現実的な悲喜交々がまぶしてある。
黒崎は事務所の社員に相談所に通っていることがバレないように苦心する。その苦労が涙ぐましい。
特に、黒崎に憧れを持っている八神旬(しゅん)には絶対に気づかれたくない。八神は20歳そこそこと若く、探偵としての腕はまだまだだが、ホストのような風貌で、チャラいが女にモテる。黒崎とは正反対の男だ。
黒崎は、推理では刑事時代に鍛えた鋭いカンを生かして仕事をこなしてゆくのだが、女性とのコミュニケーションになると、まるでダメ。結婚相談所のアドバイザー・城戸まどかが出した「婚活偏差値」は26だった。
ヘコむ黒崎をよそに私が思うのは、でもやっぱり、「婚活」「結婚相談所」というものと、「恋愛」は違うものだということ。
物語がかなり進んでからの城戸まどかのセリフ。
「婚活は正直、我欲が露骨に現れるものです。人を値踏みして、切り捨てて、演技して、妥協して……だんだんと正常な感覚、人としての温かみがなくなっていく方もいます」。
ちょっとした失敗や不注意で交際を断られ、誤解だとわかってやり直そうとしても、そのチャンスはもうない。こうして書くと、「婚活」は「恋愛」とは真逆な気がしてくる。「好き」という不確かで、頼りない理由から始まる恋愛は、お互いに失敗を重ね、許し合いながら絆を深めていくものだと思うからだ。「条件」から始まる「婚活」は少しの失敗も許してくれない。結婚相談所の「常識」では、お見合いをして、交際が始まると、どんなに長くても3か月で結婚するかどうかの結論を出すのだという。早い人は1~2か月で。3か月くらいは、それほど狡猾(こうかつ)な人でなくても、猫をかぶり通せるような気がする。
探偵という仕事は珍しいかもしれないが、黒崎の年収は500万円で生活するには困らないレベル。貯金も2千万円ある。しかし、「普通の幸せ」では物足りないのか、黒崎のところにはほとんどお見合いの申し込みがない。
昔、「101回目のプロポーズ」というドラマがあった。99回お見合いに失敗したモテない男が100回目に出会った美女の心を射止めるというお話だ。でも、このドラマ、モテない男が美女に惹(ひ)かれたのは、外見が美しかったからだけではないのか(少なくとも最初は)。
男も、女性の外見しか見ていないところがある。黒崎もそんな自分の身勝手さにも気づいてゆく。時に婚活に疲れながらも、人としての優しさや誠実さを忘れない黒崎に好感を覚えた。
著者も婚活をし、黒崎のように苦戦したが、執筆終了後に出会った女性と結婚が決まったそうだ。そんな著者の実感も反映されているのだろう。
【奥森 広治】