日曜日に観たい この1本
ファーザー
名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親を演じている。この作品は今年度の第93回アカデミー賞®で主演男優賞と脚色賞を受賞した。
元々は舞台の作品。インタビューによると、アンソニー・ホプキンスは自分の父親をモデルに演じたという。しかし、ご本人は認知症にならないようにすごく努力しているとのことで、セリフを覚えるのも得意だという。
この作品が面白いのは、認知症の父親の視点から描かれているということだ。 観客は認知症という症状を疑似体験することができる。
例えば、ふと気がつくと見知らぬ男が自分の家の椅子に座っている。まるでホラーだ。
主人公の役名もアンソニーだ。80歳を過ぎてロンドンのフラット(イギリスのマンションのような集合住宅)で一人暮らしをしている。そこへ娘のアン(オリヴィア・コールマン)がやってくる。アンが言うには、アンソニーが介護人の女性に暴言をはいてやめさせたというのだ。アンソニーの言い分は、その女性がアンソニーの腕時計を盗もうとしていたと言う。しかし、その腕時計は風呂場の棚にあった。アンソニーは自分だけが知っている隠し場所だと思っているが、いつもの事なのだろう、娘はそのことをすでに知っている。盗まれないように隠したつもりが忘れていたのかもしれない。猜疑心(さいぎしん)と腕時計への執着が強い。
自分は、まだだれの助けもいらない。一人でやっていける。そんな自負がアンソニーにはある。
アンソニーが住んでいるフラットは、とても広くて立派だ。その自宅もアンソニーの自慢のようだが、謎の見知らぬ男は、それはアンソニーのものではなく、自分のものだと言う。
記憶が長く続かないためか、時の流れもどこかおかしい。
アンソニーは頑固で、プライドの高い人物のようだが、葉が一枚、一枚、剥がれ落ちるように自分に自信が持てなくなっていく様は、見ていて痛々しい。
アンソニーの面倒を見ている娘のアンの気持ちも、うまく表現されていて、介護する側の葛藤も分かる。アンソニーは時にアンに冷たくあたり、お気に入りだという妹の話ばかりをする。しかしこの妹というのが、また謎で、実在の人物なのかどうかもよくわからない。アンの夫がまた謎である。現在いるのかどうかもよくわからない。
アンは50代くらいだろうか。自分の仕事や生活もあり、父親の介護がうまくいかないと様々な支障が出る。父親への愛情との狭間でなかなか苦しいところだ。
私も50代で、80代の両親が田舎にいる。アンソニーほど酷くはないが、年相応に記憶力が落ちてきている。この作品を見て、 両親がなにか記憶違いの事を言ったとしても、あまり強く指摘したりしないようにしようと思った。【戸田 照朗】
監督=フロリアン・ゼレール/脚本・脚色=クリストファー・ハンプトン、フロリアン・ゼレール/出演=アンソニー・ホプキンス/オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、ルーファス・シーウェル、オリヴィア・ウィリアムズ、アイーシャー・ダルカール/2020年、イギリス・フランス
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「ファーザー」、DVD税込4180円、ブルーレイ税込5280円、発売中、発売・販売元=インターフィルム