日曜日に観たい この1本
ジョゼと虎と魚たち
ラジオでアニメ版のコマーシャルを耳にした時、「あれ?そんな映画だったかな」と思った。2003年に公開された実写版の映画とはだいぶ感じが違っているような気がしたからだ。アニメ版を実際に見てみると、物語の骨格となる設定は同じなのだが、ストーリー全体の雰囲気や細部がかなり違っていた。どうしてここまで違うのか気になって、原作となった田辺聖子の小説も図書館で借りて読んでみた。文庫本でわずか25ページの短編。角川文庫の同名の短編集に入っていた。なるほど、原作の小説には詳細は描かれていない。つまりふたつの劇場映画は、製作者が細部を創作により埋めたということになる。
アニメ版のストーリーを公式ホームページから引用する。
趣味の絵と本と想像の中で、自分の世界を生きるジョゼ。幼いころから車椅子の彼女は、ある日、危うく坂道で転げ落ちそうになったところを、大学生の恒夫に助けられる。海洋生物学を専攻する恒夫は、メキシコにしか生息しない幻の魚の群れをいつかその目で見るという夢を追いかけながら、バイトに明け暮れる勤労学生。そんな恒夫にジョゼとふたりで暮らす祖母・チヅは、あるバイトを持ち掛ける。それはジョゼの注文を聞いて、彼女の相手をすること。しかしひねくれていて口が悪いジョゼは恒夫に辛辣に当たり、恒夫もジョゼに我慢することなく真っすぐにぶつかっていく。そんな中で見え隠れするそれぞれの心の内と、縮まっていくふたりの心の距離。その触れ合いの中で、ジョゼは意を決して夢見ていた外の世界へ恒夫と共に飛び出すことを決めるが…。
2003年公開の実写映画版は犬童一心監督、妻夫木聡と池脇千鶴が主演だった。今回改めて見直してみたが、やはり愛おしくなるような物語で、名作だと思った。恒夫はジョゼの作る料理にすっかり胃袋をつかまれてしまい、ジョゼの家に度々顔を出すようになる…という展開だったが、アニメ版では恒夫がジョゼの世話をするアルバイトという形で通い出す。
アニメ版は全体的に爽やかである。恒夫はダイビングショップでもアルバイトをしている。実写映画版では、恒夫のアルバイト先は深夜営業の雀荘で、客の柄も悪かった。原作小説にはアルバイトのことは出てこない。アニメ版でジョゼが乗っているのは原作通りの車椅子だが、実写映画版では古びた乳母車だった。この乳母車を押す祖母(新屋英子)もちょっと不気味な雰囲気だった。ジョゼと恒夫の出会いのきっかけとなる車椅子(乳母車)が坂から転がり落ちるという事件が、「悪意」のある手によって引き起こされたという点は同じである。アニメ版ではジョゼと祖母は、木造の一軒家に住んでいる。古くて手入れもされていないが、小さな庭のあるちょっと素敵な家だ。その奥に絵と寄せ集めの小物で飾ったジョゼの部屋がある。実写映画版ではジョゼと祖母は貧しさを絵に描いたような今にも壊れそうな長屋に住んでいた。ジョゼの部屋はなく、押入れで本を読んでいた。
ジョゼの本当の名前はクミ子という。「ジョゼ」とはフランソワーズ・サガンの小説に出てくる登場人物の名前だ。実写映画版では祖母が近所に捨てられた本を拾ってきて、外に出られないジョゼはその本を何度も繰り返し読んでいた。「新しい本」は誰かが本を捨てないと読めない。アニメ版では恒夫がジョゼを外に連れ出し、公立図書館に連れて行く。「本の海や」と言って目を輝かせるジョゼ。司書の女性と友達になり、ジョゼの世界が広がっていく。
実写映画版の恒夫は普通に企業就職をする平凡な学生だが、アニメ版の恒夫にはメキシコに留学をして幻の魚の研究をしたいという大きな夢がある。
ふたつの劇場版映画には原作小説にはない重要な登場人物が出てくる。ジョゼの恋のライバルだ。実写映画版では恒夫の大学の同級生を上野樹里が演じていた。アニメ版ではアルバイトをしているダイビングショップで働く女の子が恒夫に想いを寄せている。
この恋のライバルが絡んで、実写映画版ではちょっと微妙なラストシーンを迎えるのだが、アニメ版ではかなり違う展開となっている。実写映画版を見て複雑な思いをした人は、アニメ版の終わり方の方が好きだという人もいるかもしれない。
恋愛を描いている点は同じだが、アニメ版はジョゼの抱く夢と自立についても踏み込んだ描き方をしている。ふたつの作品の印象が大きく違う理由は、アニメ特有の明るく美しい色使いに加えて、オリジナルの創作部分にあるのかもしれない。
【戸田 照朗】
監督=タムラコータロー/脚本=桑村さや香/声の出演=中川大志、清原果耶、宮本侑芽、興津和幸、Lynn、松寺千恵美、盛山晋太郎、リリー/2020年、日本
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『ジョゼと虎と魚たち』限定版ブルーレイ9680円(税込)、通常版ブルーレイ6380円(税込)、通常版DVD5280円(税込)、発売中、販売元=KADOKAWA