本よみ松よみ堂
清水克行著『室町は今日もハードボイルド 日本中世のアナーキーな世界』

新潮社 1400円(税別)

今の常識では測れない「中世」という混とんを生きた人々

 予備校で浪人をしていたころ、私は文学部で歴史を学びたいと思っていた。ところが途中で宗旨替えをして、法学部に入学した。というのも予備校の日本史の先生に言われたのである。「もし通史を学びたいのであれば、文学部よりも法学部の方がいい。文学部の日本史学科というのは、ある地方の、なんたら荘園のことを詳しく研究したりするんだよ」。
 ダイナミックな時代の流れをつかむには通史を学んだ方が面白いだろう。地方の荘園の話なんて、みみっちくてめんどうくさそうだと思っていた。
 ところが偶然にも「松戸よみうり」に入り、地域の歴史を知るために様々な本を読むことになった。「松戸市史 上巻(改訂版)」を読んでいた時の事だと思う。上巻は原始・古代・中世について書かれたもので、荘園について読んでいた時に思いのほか面白いと思った。律令制による全ての土地は国のものだという体制が壊れ、荘園という寺社や貴族の私有地が生まれていく過程の話だ。まるで共産主義が壊れて資本主義に移行していくような話だと思った。
 今回紹介する本の中にも荘園の話が出てくる。著者は大学で歴史学を教える先生だ。まるでエッセイのような軽い筆致で書かれている。
 その中で日本史を勉強する上で難解なものの一つとして荘園の話も出てくる。大きなものは今の鹿児島県ほどもあり、小さなものは東京ドーム2個分ぐらいしかないという。大きさも様々だが、荘園というのは、その成立事情に応じて極めて多様な地域性を持っているのが普通だという。
 また荘園は「聖なる空間」としての意味を持っていたという。荘園領主たちは荘園を設定するにあたって、その中心地に「鎮守」と呼ばれる自分たちが信仰する守り神を祀った。
 歴史学者が地域の歴史を探るときにこの鎮守の存在が大事な手がかりになるという。たとえば八幡神社があれば武家の荘園だったのかと気付いたりする。延暦寺の荘園には日吉(日枝)神社があった。弊社の近くには日枝神社があるが、何か関係があるのだろうか。
 同書で扱う日本の「中世」と呼ばれる時代は、一般的には平安時代後期(院政期、11世紀後半)から始まって鎌倉・南北朝・室町時代を経て戦国時代の終わり(16世紀中頃)までをさす。
 武家の初めての政権となった鎌倉幕府はともかく、足利氏の室町幕府は力が弱く、戦国時代まで不安定な時代が続く。
 私たち今の日本人が伝統的、あるいは日本的と思っているものは、江戸時代や明治時代に作られたものが多いように感じる。日本史の中では意外と最近のことだ。そういう目から見れば、確かに中世は「ハードボイルド」かもしれない。
 教科書で習った「士農工商」のように、必ずしも武士が一番偉く、商人が一番下というような職業意識はなく、年号(元号)も平均で3年に1回も変わっていたという。
 「中世人」の恋愛観や信仰についても興味深い話が書かれている。【奥森 広治】

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