日曜日に観たい この1本
花束みたいな恋をした
一組の男女が出会って別れるまでの5年間を描いた作品。見終わった後の感想は重くはない。むしろ爽やかなのだけれど、記憶の奥の方にある断片を久しぶりに刺激されたような感じがした。
大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は京王線の明大前駅で終電を逃したことで偶然に出会った。初めて麦の部屋に入った絹は、麦の本棚を見て自分の本棚のようだと思う。それほど二人が読む小説や漫画、好きなゲームは同じで、まるで鏡の中の自分を見ているようだった。それほど気の合う二人はやがて恋人となり、同棲を始める。
大学卒業後、絵を描くことが得意だった麦は個人でイラストの仕事を受けるようになる。就職活動に挫折した絹はフリーターになった。多くは望まない。現状維持が二人の目標。
しかしギャラが安く便利に使われるだけのフリーのイラストレーターという立場に不安を抱いた麦は普通の企業に就職することにする。この辺りから二人の関係に微妙なずれが生じるようになってくる。
細部に魂が宿る映画と言ったらいいのか、見る人によって気になる場面やセリフが違うかもしれない。私は時に懐かしいと思い、時にかさぶたを剥がされるような思いがした。実在の固有名詞がたくさん出てくることでも話題になった作品だが、作家の名前など私自身は知らないものが多かった。
麦と絹が暮らしたマンションは調布駅から徒歩30分の多摩川沿いにあった。マンションのベランダからは多摩川がよく見える。明大前、飛田給、調布など、この作品には京王線沿線の街が舞台として出てくる。京王線沿線は私が大学生の頃の行動範囲だった。懐かしい思いがした。
二人は神社に捨てられた子猫を拾って育てる。絹も簿記の資格を取って歯科医院で働き始める。経済的には安定した二人だが、麦が就職した頃から口論が増えていった。二人が喧嘩している向こうで大きくなったこの猫が映り込んでいる。もし別れたとしても、この猫を捨てるようなことだけはしないでね、と心の中で念じてしまう。
就職活動というのはどうしてあんなに辛かったのだろう。面接で、生まれてから一度もなかったくらい自分のことを褒める。就職活動に謙遜はいらない。でも、その姿は本当の自分ではないような気がする。自分を変えなければ就職できないのか。それが大人になるということなら、それは良いことなのだろうか。
黒いリクルートスーツを着て駅の柱にもたれて泣いていた絹。 髪を切りスーツをまとって面接に行く麦。 細部まで描かれてはいないが、そんな二人の心の内を想像してしまう。
偶然出会った時、二人は同じブランドの白いスニーカーを履いていた。趣味だけではなく履く靴まで同じだったのだ。後半再び二人の靴が映るシーンがある。革靴になり、形も違う。
時々入る二人の「心の声」。同じ場面でも二人が考えてることが同じだったり、微妙に違ったりして面白い。ファミレスのシーンもよく出てくる。後半の重要な場面でもファミレスのシーンがある。ここには心の声が入っていない。二人はどう考えていたのか。これもまた見る人によって解釈が違うかもしれない。
【戸田 照朗】
脚本=坂元裕二/監督=土井裕泰/出演=菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太、韓英恵、中崎敏、小久保寿人、瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ、押井守、Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太、岡部たかし、オダギリジョー、戸田恵子、岩松了、小林薫/2021年、日本
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「花束みたいな恋をした」、ブルーレイ豪華版2枚組7480円(税込)、DVD豪華版2枚組6380円(税込)、DVD通常版4180(税込)、発売中、発売元=TBSスパークル、販売元=TCエンタテインメント