日曜日に観たい この1本
燃ゆる女の肖像
18世紀のフランス。貴族の娘エロイーズと画家マリアンヌの恋愛を描いたラブストーリー。
マリアンヌはエロイーズの屋敷のある孤島に一人で小舟に乗ってやってくる。マリアンヌには目的があった。エロイーズの母親からエロイーズの肖像画を描くことを依頼されたのだ。エロイーズは肖像画を描かれることを拒んでおり、前任の画家はついに顔を描くことができなかった。肖像画はいわば当時のお見合い写真。肖像画が完成してしまうと彼女は結婚しなくてはならなくなる。
屋敷に到着したマリアンヌは母親から不穏な話を聞く。そもそもこの縁談はエロイーズの姉のために用意されていたのだが、エロイーズの姉は散歩の途中で亡くなってしまった。死因は自殺のようだ。そのため修道院に入っていた妹のエロイーズが連れ戻された。
この家には何か事情があるようだ。この家には伯爵夫人の母親とメイドのソフィという若い女性、そして娘のエロイーズの3人しかいない。父親の姿はなく、おそらく経済的な事情で結婚を無理強いしているのだろう。
マリアンヌの父も画家で、結婚前の母親の肖像画を描いたという。母親がこの家に嫁ぐ前に肖像画はこの家に来ていた。この時代の貴族の娘はだいだいそのようにして嫁ぐもののようだ。
マリアンヌの身分や屋敷への滞在を母親がどうエロイーズに説明したかは分からないが、マリアンヌは画家であることを隠して、エロイーズとともに散歩をし、その間に彼女の表情を盗み見て肖像画の制作をすることになる。
エロイーズは一見窮屈に見える修道院の生活の方が良かったと言う。窮屈でもみんな平等だったと。そんなエロイーズの言葉からこの時代の女性の置かれていた立場が垣間見える。
一方でマリアンヌはこの時代にあって、男性に頼らず、一人で生きていくことを決心していることが分かる。芸術の世界でも長い間女性は前面に出ることができなかった。女性であることを隠して男性の名前で作品を発表していた画家の例は多い。マリアンヌもそんな一人なのだろう。
どの時点から二人が惹かれあっていったのか分からないが、肖像画を描くという目的のためにマリアンヌはエロイーズの表情をずっと見ていた。一方で見られる側のエロイーズもマリアンヌのことをずっと見ていたのだ。
この作品には冒頭とラストを除いて男性が出てこない。これはかなり意識した舞台設定だと思うのだが、女性だけの空間をつくることで、静かな時間の中で紡がれていく二人の心の変遷に自然と向き合うことができる。
母親は5日間屋敷を留守にすることになる。この5日間で肖像画を完成させるのだが、肖像画の完成はすなわち、二人の別れの時が来るということを意味する。マリアンヌとエロイーズ、そしてメイドのソフィの3人だけで過ごした5日間。この時間が多幸感に満ちていただけに、「その時」が来ることをとても切なく感じる。
身分や立場の違い、そして同性愛であること。二人の恋が成就することは難しい。
名作「ローマの休日」を思い出す。グレゴリー・ペック演じる新聞記者とオードリー・ヘップバーン演じる某国の王女の恋愛を描いたラブストーリーだ。 記者はローマ滞在中に宿泊先を抜け出してきた王女に偶然出会い、記者という身分を隠してスクープを書こうとする。しかし王女と過ごすうち、彼女に心惹かれるようになっていく。そこには身分や立場を超えた人と人としての心の繋がりがあった。そして、自らの立場を受け入れて戻って行った王女と、記者会見場で再開するラストシーンが心に残った。
今回紹介した「燃ゆる女の肖像」のラストシーンも劣らず、印象的なものだった。
【戸田 照朗】
監督・脚本=セリーヌ・シアマ/出演=アデル・エネル、ノエミ・メルラン、ルアナ・バイラミ、ヴァレリア・ゴリノ/2019年、フランス
……………………………………………………………………………………………
「燃ゆる女の肖像」、ブルーレイコレクターズ・エディション税込6380円、ブルーレイスタンダード・エディション税込5280円、DVDタンダード・エディション税込4180円、発売・販売元=ギャガ