日曜日に観たい この1本
罪の声
戦後最大の未解決事件と言われる「グリコ・森永事件」(1984~85年)を下敷きにしたサスペンス。原作は塩田武士の同名小説で、上欄の「本よみ松よみ堂」でも紹介したことがある。
ギンガ(実際の事件では江崎グリコ)の社長の誘拐にはじまり、「くら魔天狗」(実際の事件では「かい人21面相」)を名乗る犯人グループが関西にある複数の食品会社の製品に青酸ソーダを入れると脅迫。企業を脅迫する一方で、マスコミに「挑戦状」を送りつけ、警察を挑発。劇場型の事件だった。原作で著者は、事件の発生日時、場所、犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、その後の報道について、極力史実通りに再現したという。映画では事件の詳細よりも、テンポの良さに力点が置かれているように感じた。
京都で紳士服のテーラーを営む曽根俊也(星野源)は父親の遺品の中から英文がぎっしりと書かれた黒革のノートと、事件で使われた子どもの声が入ったカセットテープを発見する。犯人グループは金の受け渡しの場所を指示する際に、指示書と子どもの声のテープを使っていた。テープの声が幼い自分の声だと確信を持った俊也は戦慄を覚える。俊也には守るべきものがある。癌で入院している年老いた母と妻、そして幼い娘。父の代から続く「テーラー曽根」の仕事にも誇りを持っている。身内に犯人がいたということが明るみになれば、つつましくも幸せな日々が瓦解するかもしれない。調べるうち、30年前から行方が分からず、父もほとんど話をしなかった叔父(父の兄)が事件に関わっていた可能性が出てくる。
もう一人の主人公は事件を追う新聞記者、阿久津英士(小栗旬)。阿久津は文化部の記者だが、平成最後の年末特集で「ギンガ・萬堂事件」を掘り起こすため、社会部の応援で取材に参加している。
原作では俊也は堀田信二という父の同級生と共に事件を追うのだが、映画では堀田の存在は省かれている。犯人の身内として、つまり当事者として切実に事件に関係している俊也と、記者として事件を追う阿久津はやがて出会い、後半では相棒のようになっていく。
映像(音声)にしたことで「罪の声」というタイトルがストレートに心に響いてきたように感じた。脅迫に使われた声には俊也の他に2人の子どもがいた。犯人グループには3人の子どもがいたのだ。あと2人の子どもたちはその後どうなったのだろうか。30年前の事件はその後の未来へ、そして今へと続いていると感じさせる。
犯人グループは現金を得ることもなく、死者も出なかった。物語の中では犯人グループの本当の目的は株価操作にあったということになっている。しかし本当に被害者はいなかったのだろうか。当時のマスコミは劇場型犯罪に踊らされ、スクープ合戦に躍起になっていた。阿久津は改めて事件に向き合うことで、本来ならマスメディアが目を向けなければならなかった弱い立場の人たち、本当の被害者に対峙することになる。「罪」は誰にあるのか。犯人像についてはフィクションなのだが、見終わった後に感じるのは、実に罪深い事件だということだ。
【戸田 照朗】
監督=土井裕泰/脚本=野木亜紀子/出演=小栗旬、星野源、松重豊、古舘寛治、宇野祥平、篠原ゆき子、原菜乃華、阿部亮平、尾上寛之、川口覚、阿部純子、山口祥行、堀内正美、木場勝己、橋本じゅん、浅茅陽子、高田聖子、佐藤蛾次郎、佐川満男、若葉竜也、須藤理彩、市川実日子、火野正平、宇崎竜童、梶芽衣子/2020年、日本
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「罪の声」、通常版DVD4180円(税込)、豪華版DVD6600円(税込)、通常版ブルーレイ5280円(税込)、豪華版ブルーレイ7700円(税込)、発売中、発売元=TBS、販売元=TCエンタテインメント
©2020映画「罪の声」製作委員会 ©塩田武士/講談社