日曜日に観たい この1本
朝が来る
言葉では表現できない複雑な思い。それを表現するために映画や小説、音楽といった創作物があるのかもしれない。見終わった後にそんな感想を抱いた。この作品を見て琴線に触れた人は声をあげて泣いてしまうのではないかと思う。
栗原清和と佐都子の夫婦には朝斗という小学校に上がる前の息子がいる。朝斗が通う幼稚園で子ども同士のトラブルが持ち上がる。朝斗が故意に友達を怪我させてしまったという。何もしていないと言う朝斗の言葉を信じたい佐都子は夫の清和に相談する。
そんな折に入ってきた無言電話。冒頭から漂う不穏な空気。この作品は辻村深月の小説が原作でミステリーの要素がある。
実は朝斗は「特別養子縁組」という制度を使って二人の子どもになった。不妊治療の末に一度は子どもをあきらめ、「特別養子縁組」 を斡旋するNPO法人の存在を知って、朝斗の養父母になるまでの過程がていねいに描かれる。だから観客は二人の朝斗への思いに寄り添うことができる。
一方で朝斗の実の母親、中学生の片倉ひかりが妊娠、出産するまでの過程もていねいに描かれる。生まれたばかりの子どもを手放さざるを得なかった悔しさや、息子への想い、養父母となった夫婦へ託す願いなども伝わってくる。
自然光を巧みに使い、東京や奈良、広島の離島などを舞台に撮られた映像が美しい。河瀨直美監督が撮ったこの作品はドキュメンタリータッチで描かれているため、どこまでがフィクションなのか時々分からなくなる。 NPO法人の場面では実在の体験者が出ているようだ。
そんな中で俳優陣は実に見事な演技を見せている。栗原清和を演じた井浦新、佐都子を演じた永作博美、 片倉ひかりを演じた蒔田彩珠をはじめ、 NPO法人の代表を演じた浅田美代子のたたずまいが実に良かった。
この物語は養母と実の母親という二人の母親に焦点が当たっているようだが、男性である私は養父になる栗原清和にも感情移入しながら見ていた。清和が会社の同僚と居酒屋で酒を飲んでいる時に、酒の力を借りて不妊治療をしていることを告白するシーンがある。清和を演じている井浦新は実際にチューハイを十何杯も飲んでこのシーンに臨んだと聞いて、改めてこの作品に対する思い入れに感心した。
【戸田 照朗】
監督・脚本・撮影=河瀨直美/原作=辻村深月『朝が来る』(文春文庫)、出演=永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺、田中偉登、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、山下リオ、森田想、堀内正美、山本浩司、三浦誠己、池津祥子、若葉竜也、青木崇高、利重剛/2020年、日本
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『朝が来る』DVD4180円(税込)、ブルーレイ6380円(税込)、発売元=キノフィルムズ/木下グループ、販売元=TCエンタテインメント