本よみ松よみ堂
はらだみずき著『海が見える家』
父が遺したものから浮かび上がる、父の本当の姿
著者の作品を初めて読んだ。
続編の「海が見える家 それから」(小学館文庫)も続けて読んだので、2冊でひとつの作品のように感じる。「海が見える家」は小学館から2015年に刊行された単行本「波に乗る」を改題し、加筆・改稿したもの。「海が見える家 それから」は書き下ろしだという。
主人公の緒方文哉が大学卒業後に就職した会社はいわゆるブラック企業で、1か月で辞めてしまう。そんな時に見知らぬ番号から携帯に着信が入り、報らされた父・芳雄の死。父は定年前にふいに会社を辞め、一人で南房総の小さな町に移り住んでいた。文哉の両親は小学校2年の時に離婚。文哉には母の記憶がほとんどない。父は男手一つで文哉と姉の宏美を育ててくれたが、高校生の時から父とは疎遠で、近況を全く知らなかった。札幌に住む姉の宏美もどこか父を遠ざけているようなところがあった。
文哉は東京から南房総へ向かい、一人で父の遺品整理をすることになる。父は丘の上に建つ海がよく見える家を遺していた。
文哉は遺品の整理をし、父が生前に交流していた地元の人達と出会うことで、予想もしなかった父の姿を知る事になる。東京の不動産会社に長年勤めていた父は口数が少なく、人生を楽しんでいるようには見えなかった。
父・芳雄はちょうど私と同じ年くらいで、共感を覚える部分も多い。芳雄は実際には登場しないが、どんな人物だったのか、その輪郭がおぼろげに見えてくる。芳雄は子育てと仕事でめいいっぱいだったのだろう。器用なタイプではなく、思春期を迎えた娘や息子とどう付き合っていいのかわからなかったのかも知れない。
当たり前だが、芳雄にも青春時代があった。芳雄は南房総の小さな町で自分を取り戻そうとしていたのかもしれない。
続編の「海が見える家 それから」では、主人公の文哉がこれからどう生きていくのか、そんなところに焦点が移っている。
自分の生き方を決めるのはなかなか大変なことだ。特に若い時はなにもわからない。先が見えない。
芳雄は海が見える家の他にも遺したものがあった。それは、ある仕事と地元で作った新しい人間関係だ。言ってみれば、家よりもこちらのほうが大きな財産で、文哉はこれを引き継いでいくことになる。
父が遺した仕事だけでは食べていけない文哉は海で魚をとり、畑で野菜を作り、自給自足の生活を目指す。というより、そうしないと生きていけない。そんなサバイバル生活のあれこれにも興味を持った。
少しずつたくましくなっていく文哉の成長がまぶしい。【奥森 広治】