本よみ松よみ堂
森見登美彦著『太陽の塔』

新潮文庫 490円(税別)

疾走する男子学生の異性をめぐる七転八倒

 当時京都大学大学院の学生だった森見登美彦氏が日本ファンタジーノベル大賞を受賞した作品。2003年刊行。実は読み終わるまでデビュー作だとは知らなかった。
 著者の作品は「夜は短し歩けよ乙女」「新釈 走れメロス 他四篇」などを紹介してきた。いずれも京都を舞台にしたユーモアにあふれる作品だった。
 これらの作品に比べると、デビュー作は少しジメっとしてるかなと感じる。
 主人公の「私」は京大農学部の研究室から逃げ出して、四畳半の城(ボロいアパート)に籠る5回生。「水尾さん」という体育会系クラブの後輩の彼女がいたが、ふられてからは「水尾さん研究」と称して、彼女の行動を把握し、待ち伏せしたりしている。ただし、彼女は恋の対象ではないのだと主張する。
 かなり危ない。読み始めてしばらくは、ストーカーに走る男の心理を描いているのか、そういう小説なのか、と疑った。
 「私」が尊敬する飾磨(しかま)という法学部生もかなり妄想癖があり、「私」と飾磨は日々妄想の中を生きている。
 この二人はかなり極端に描かれているが、若いころの自分を思い返せば、思い当たることもいくつかある。
 「私」の友人で、巨体と髭の大学院生、高藪はその外見に似合わず優しい心の持ち主。女性を目の前にしても、どう接していいのか分からずに及び腰になってしまう。
 勉強は学校で教えてくれるが、異性との付き合い方なんてだれも教えてくれない。手探りで、七転八倒しながら自分で乗り越えていくしかないのだ。「私」の思い込みと、どうかしている行動もその過程にある。
 そんな彼らを容赦なく襲う「クリスマスファシズム」の猛威。
 最近は少しは落ち着いたのだろうか。いつの間にかクリスマスは恋人と過ごす日に変貌し、独り身の若者に容赦のない「圧」をかけてきた。
 キリスト教徒でもないのに、なんでそんなに大騒ぎするのか、と言ってみたところで始まらない。バレンタイン・デーしかり。あれは、お菓子会社の陰謀だと言ってみたところで始まらない。
 彼らがクリスマスに感じる矛盾と反発は我が事のようによく理解できる。そして、このクリスマスファシズムに抗するために彼らがとった行動とは。
 読み始めに感じた湿気がなくなり、読後感は爽やかだった。
【奥森 広治】

あわせて読みたい