日曜日に観たい この1本
1917 命をかけた伝令
1917年4月6日。映画は美しい草原のシーンから始まる。
第一次世界大戦の西部戦線。イギリス軍とドイツ軍はフランスの平原に何百キロにもわたる塹壕を掘り、その中に身を隠し、にらみ合っていた。
春の穏やかな光を浴びて草原でウトウトしていた若いイギリス軍の兵士、スコフィールドとブレイクに重要な命令が下る。前線にいる第2大隊に翌朝の攻撃を中止するように伝えるという役目だ。ドイツ軍の退却は意図的なものであり、これは罠に違いない。攻撃すれば、1600人の大隊が全滅してしまう。大隊の中にはブレイクの兄もいるのだ。ドイツ軍は退却の時に、電話線を切っており、だれかが歩いて伝令を伝えに行くしかない。
イギリス軍とドイツ軍の塹壕の間には「無人地帯」が横たわっている。少しでも頭を出せば、敵から狙撃されるという塹壕戦の中で、両軍の塹壕の間に広がる土地では味方が負傷したり戦死したとしても助けに行くことはできない。そこで戦死した人や馬の遺体は、泥の中で朽ちるままになっている。
冒頭の草原の穏やかな風景とは打って変わってスコフィールドとブレイクが足を踏み入れた「無人地帯」は、地獄絵そのものだった。
この作品は、全編が1カットに見える映像で撮られている。それだけに、見る側を主人公たちと同じ空間に引き込む臨場感がある。その撮影には労を惜しまぬ制作者の姿勢と様々な工夫が隠されている。
DVDには、監督・脚本のサム・メンデスと撮影監督のロジャー・ディーキンスの音声解説がそれぞれついている。
サム・メンデス監督は第一次大戦に従軍した祖父から聞いた話をもとに脚本を書いたという。当時の兵士の体験談や記録をもとに戦場を再現している。例えば、塹壕ひとつとっても、泥を掘って作ったイギリス軍の塹壕に対して、ドイツ軍のそれは、コンクリートと木材を使用している。後半に出てくるイギリス軍の前線の塹壕は石灰岩の中に掘られた白い塹壕だ。
監督が描きたかったのは、英雄の物語ではなく、おかれた境遇を必死に生きる若者の姿、そして戦場となったフランスの市民の姿だ。敵のドイツ軍兵士でさえ血の通った主人公たちと同じ若者として描かれている。だからこそ、悲惨な戦争の実相が際立つ。
私が子どものころ見た戦争映画は、もっと娯楽に特化した英雄物語がほとんどだった。第ニ次大戦が中心で、ドイツ軍という分かりやすい悪役が登場する、勧善懲悪的な物語だった。それは、インディアンがいつも敵役になる西部劇も同じだった。
それに比べてこの作品は、娯楽性もありながら、戦争の恐ろしさ、むなしさを伝えている。サム・メンデス監督の祖父のように自身の戦争体験を話してくれる世代が今後はいなくなる。私たちが戦争を知るには、記録や証言を頼りに丁寧に紡がれた、こうしたフィクションの世界になっていくのかもしれない。
「無人地帯」を抜けた二人には様々な苦難が待ち受けている。朝までに伝令を伝えて1600人の命を救うことができるのか。
ブレイクへの友情と使命を胸に戦場をひた走るスコフィールドの姿は、「走れメロス」(太宰治)のようだと思った。【戸田 照朗】
監督・脚本・製作=サム・メンデス/脚本=クリスティ・ウィルソン=ケアンズ/撮影監督=ロジャー・ディーキンス/出演=ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、べネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、マーク・ストロング/2019年、イギリス・アメリカ
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「1917 命をかけた伝令」、ブルーレイ+DVD税別4527円、4K Ultra HD+ブルーレイ税別6345円、発売中、発売・販売元=NBCユニバーサル・エンターテイメント