わたしのページ(読者投稿)2020年6月28日
コロナでさびしかった通学路も
わたしの家の前は小学校の通学路になっています。
最近はコロナ問題で休校となり、ほとんど児童が家の前を通る姿を見かけることはなかったのですが、今月6月に入り少しは児童たちの通学を見かけることになりほっと一安心しています。
毎日、登校時に何人かの児童さんの笑い声、たわいないことを話す声が聞こえてきます。元気に登校する姿を見て喜んでいます。
これからも、この通学路が安全で、安心して登校出来るよう陰ながら応援し、見守っていきたいと思っています。
(胡録台・通学路)
素敵なお花をありがとう!
いつもお世話になっているスーパーBでお花をいただいた。
新型コロナの影響で卒業式などが中止となり、行き場を失った花たち。農林水産省が生産者を応援しようとはじめた取り組みに、スーパーBも賛同。花の良さを広めるために、店内で花を展示。さらに、家庭で花を飾っている写真をSNSに投稿してもらい、みんなで産地の方を応援しようと、その花を無料で配布していたのだ。
買い物をすませ、急いで家に帰る。バケツに水を張り、茎をカット。部屋の片づけをして、花瓶に生ける。花の写真を撮るのは思いのほか難しい。
花を飾った部屋は、いつもより明るく、空気まで綺麗になったように感じる。
SNSはやったことがなかったので、家族に教えてもらい、なんとか投稿することができた。これで少しは役に立てたかなと安堵する。
花を飾ると癒されたり、気分が明るくなったりする。
花の無い部屋に比べて花のある部屋では「活気」が大幅に増加し、「混乱、疲労、 緊張・不安、 抑うつ、怒り・敵意」は低下することが明らかになっている。
新型コロナの影響で、他県に住む孫に会えず、少し寂しい思いをしていたが、飾った花を見ていると、あたたかな気持ちになれた。
色とりどりに咲く花はどれも美しく、見ているだけで幸せな気持ちになる。
余裕があるから花を飾るのではなく、花を飾ることで余裕が生まれるのだろう。とはいえ、花は決して安いものではない。無理のない範囲で、これからも花のある暮らしを楽しみたいと思う。
生産者の方々、スーパーの方々をはじめ、お花を届けてくださった皆さま、素敵なお花をありがとうございました。(稔台・ぱんだ)
早く収束し本当のマスク時代に
コロナ問題。未だかって完全に収束していない現実です。
そこでいつも言われているマスクの着用ですが、これから夏場に向かって熱中症等弊害が生じてくるとのこと。その打開策として、夏用の涼感そして薄く汗をかいても快適性を売りにするマスク販売に、各スポーツメーカーがしのぎを削って着手している現状です。
また、マスクケースも最近よく見かけます。食事や歯科医でのマスク着脱に人気があり好評と聞いています。
未だかって夏場のマスクなんてありえなかったことですが、コロナが完全に早く収束し口元すっきりの甘い本当のマスク(顔)時代が早くくることを願っています。
(胡録台・マスク)
町や生活どう変わってゆくのか
5月25日に緊急事態宣言の解除が発表されて、町が、生活がどのように変わってゆくだろう。
やっと解除されたという安堵感と、自粛、自粛での閉塞感が未だ自分の中にある。
5月26日、外を歩くと小学1年生の入学式もなかった子たちの登校日だった。入学式用に用意されたであろうワンピース、白のソックス、黄色の帽子、真新しい赤のランドセルを背負った女の子がお母さんと校門を出てくるのが見えた。
また離れた公園では、可愛らしいワンピース、新しいランドセルを背負った子に出会う。「おめでとう」と声をかけると、傍らにいたお母さんが「ありがとうございます」と、笑顔が返ってきた。記念写真でも撮ったのだろうか。
保育園の前を通ると、園児の元気な声が聞こえる。その隣りの老人センターの前を見ると、緊急事態宣言がはじめに出された時に貼られた「新コロナ感染予防のため当分お休みとします」がそのまま貼られたままだ。
町ゆく人はほとんどマスクをしているが、コロナファッションというのだろうか、カラフルでいろいろな生地で作ったマスクが見られる。1枚1,500円もするマスクもあると聞く。
これからも3密に気をつけながら、少しずつ日常生活が戻ってくるだろう。(松戸市民)
早い収束を期待したい
松戸市の新型コロナウイルスの感染は収束しつつあるような感じがする。
わたしが住む地区にある介護老人保健施設も報道によると、入所者と職員35人が感染し、入所者15人が死去したという。一時は船橋市や市川市とともに増加して心配が加速したものだ。
松戸市や市川市は感染者の多い東京都と隣接していて、いろいろな面で東京都区部と類似しているので都市型となっており、密閉、密集、密接の「3密」状態になり得る要素が多分に含んでいると言われてきた。
父の日を終えても人の動きや社会動向も依然として緊急状態であることに変化はないが、少しずつゆるみが出てきている。
第二波、第三波という世界的な予兆のあるなか、国内的にも早い収束を期待したいものです。(高塚新田・松毬)
母ちゃん、これで良かったかな
取手サ行くのはこの道かね。
ジムで汗を流し、ほろ酔い気分で駅前のベンチでぼんやり座っていると、疲れた服装の青年が立っていた。コロナの詐欺か。
でも事情がありそうだなと直感し雑談を始めた。
板橋の方で土方をしていたが倒産して給料も少し、駅前でラーメンと一杯やったら金が不足したので歩いて帰る。4歳の野郎っ子が待っているとのこと。
よし、オレに任せろ、とスーパーへ。お菓子と藤代までの切符を持たせ別れた。帰ったら金サけえすから住所を、と懇願されたが、野郎っ子が待っているぞ、早く帰れと見送った。
今頃は取手のあたりかな、と思わず空を見上げると雲の間から天国に逝った妻の笑顔が見えた。パパ、残りの人生は心豊かに、行くに小道に寄らずだよ、約束ね。の言葉を想い出し涙が流れた。
母ちゃん、これで良かったかな。雲は何事もなかったように流れて行った。(幸谷・近江薫 82)
3世代同居の「拡大家族」
我が家は5人家族。わたしたち夫婦・子ども夫婦・孫の3世代同居の「拡大家族」です。多くの方々から「今時珍しいですね」とよく言われます。
しかし、わたしたち夫婦もその昔、両親と同居していましたから、珍しいとか特別とか思ったことはありません。ごく普通です。
お嫁さんも幼い頃から「拡大家族」で育ちました。
外から見ると「窮屈では」「価値観の違いが」「心の負担が」とか言われますが、節度をもってみんなで支え合い、横車を押すようなことを控えれば日々丸く楽しく過ごせます。重要なことは話し合いで決め、食事も娯楽も出来る限り一緒です。個人の秀でた芽は、お互いに育てるよう協力し合います。
今回のコロナ禍や以前の東日本地震の時なども、家族一丸になって励まし合いながら、心強く過ごしました。
「分かち合えば悲しみは半分に、喜びは倍になります」を、実体験しています。
難しいのは当然「悲しみ」ですが、一緒に住んでいる限り、何かのヒントがそこに生まれます。
孫も「おじいちゃん」「おばあちゃん」となついてくれて、何でも話してくれます。
最新の流行の歌やイベント・テレビ・新英語の和訳(東京アラート・ソーシャルディスタンス・DIY等々)などの情報も、孫が説明してくれます。
「拡大家族」は、どこのお家にも当てはまるものではないかもしれませんが、わたしたちにとっては一番の家族構成です。(竹ヶ花・家族は一番 76)
子ども育てていくのが難しい国
「おばちゃーん! 遊ぼ!」。
約50年前、小学生だったわたしとお隣のS子ちゃんは同じ団地内のおばちゃん宅を度々突撃訪問していた。「今日はアカンねん」と断られる日もあれば、「ええよ。お入り」と部屋に上げていただいたこともあった。
ある時、ジュースをご馳走になった時、ストローの紙袋をそのままにしていると、おばちゃんは「ストローの紙袋はな、こないするねんよ」と言って丁寧に折ってくれた。さりげなく作法を教わった。
団地の中庭ではみんなで元気に夕ごはんの時間までドッヂボールや缶けり、鬼ごっこをして遊んだ。今は公園ではボール遊びは禁止。運動会にも苦情が寄せられる。
とにかくママさんたちは神経をすり減らしながら子育てをしている。
小・中学生の不登校の生徒数は14万人を超えている。短大・大学生の奨学金利用者は約3人に1人。卒業時に数百万の借金を抱えて巣立ち、その後低所得のため返済できずに自己破産に陥る社会人も多い。
先進国でありながら、これほど子どもを育てていくのが難しい国ってなんなのだろう…。
2020年5月5日。読売新聞で39年連続子どもの数は減少、過去最低という記事を読んだ。
国が機能しないから子どもを増やすという機械的な考えではなく、いかに子どもとその保護者たちが心身ともに健やかに毎日を過ごすことができるかということに心を砕いてほしい。
この50年で物資的には豊かになった。その反面、自分と自分を取り巻く環境さえ良ければいいと思っている心の貧しい人間が驚くほど多くなっている。
少子化には国家予算を割いて、いろいろ研究もしているようだが、残念ながら歯止めはかからないと思う。
(二ツ木・石井裕子)
これからも新聞で学び続けたい
先月5月26日の新聞に読売新聞のコラムを書き写して勉強していると、投書された方の記事を読みました。
その方は、新聞は学びの先生で感謝している、とも。その文章にわたしも同じような思いでいましたので、思わずニンマリとしました。
朝夕届く新聞はわたしの唯一の楽しみです。
新聞を読みはじめると、時折、わからないところが二つ三つあったりして、辞書を引きます。漢字の読みとその意味など。政治、経済、世界情勢などありますが、その中でも経済は目を通して知りたいと欲を出して、難しくても一応読んでいます。
特に好きな記事は読者の投稿欄です。投稿された方の意見はそれぞれ適確で、読む人の胸に響きます。思わず唸ってしまったり頷いたりする時があります。それに、皆さん名文です。勉強になります。
わたしは「生涯勉学」の言葉が好きです。
人には誰にでも一度は死がやって来ますね。死について語ることも大事と言われたある著名人の方がいました。
いつぞや知人から聞いた話ですが、大分お年の方が書道をしようと机に向かい、硯(すずり)に墨を擦りはじめて間もない時に安らかに亡くなられたとのことです。
わたしはこれからも新聞を読み続けられたらいいな、と願っています。
そして、先に書いた急逝された老人のように、学び続けたいと望んでいます。
(小金原・小倉芳子)