日曜日に観たい この1本
殺さない彼と死なない彼女

©2019映画『殺さない彼と死なない彼女』製作委員会

 「殺すぞ」が口癖の彼と、「死にたい」が口癖の彼女。ここから題名が来ているのかと思っていたが、観終わると、もっと深く、前向きな意味が込められていたことに気づく。
 「彼」というのは、高校生活に興味とやる気をなくしている小坂れい(間宮祥太朗)。「彼女」というのは、リストカットの常習犯・鹿野なな(桜井日奈子)。
 人よりも繊細な心と自分の世界を持っている鹿野は、生きづらさを感じてきたのだと思う。クラスでも浮いた存在になっている。教室に飛び込んできたハチを誰かが殺してゴミ箱に捨てた。鹿野はそのハチの死骸を拾って埋めてやろうと思う。そんな行動をとる鹿野を見て、小坂は興味を持ち、ハチの埋葬を手伝った。小坂は1年留年していて、鹿野と同じクラスになった。
 小坂と鹿野の話とは別に、地味子(恒松祐里)ときゃぴ子(堀田真由)の話と、撫子(なでしこ)ちゃん(箭内夢菜)と八千代くん(ゆうたろう)の話が展開する。
 地味子ときゃぴ子は幼なじみの親友。きゃぴ子は愛されたい願望が人一倍強くて、次から次へと彼氏を変えていく。そんなきゃぴ子を生温かく見守る地味子。
 撫子ちゃんは入学してからずっと八千代くんのことが好きで、「好きよ」と事あるごとに「告白」してきた。でも、八千代くんはいつもつれない態度。撫子ちゃんの言葉遣いは、その名の通り古風で丁寧だ。
 原作はツイッターに投稿されて評判となった四コマ漫画で、キャラクターの造形はデフォルメが強めになっていると思う。
 それでも、小坂の気だるさや、鹿野の生きづらさは(かなり遠くなってしまったが)自分の高校時代を思い起こさせる。きゃぴ子や撫子ちゃんみたいな、めんどうくさい子も、そういえばいたなぁ、と思う。作品の中盤までは、彼らの青春群像劇なのかと思っていたが、3つの話が後半にかけて収斂(しゅうれん)されてゆく。そして、前半からほんの少しだけ出てくる不気味で不吉な影。
 「殺す」「死ぬ」という物騒な言葉を投げつけあう小坂と鹿野。不器用な表現しかできない小坂が、実は鹿野のことをとても大切に思っているということが分かってくるあたりから、急速に心をつかまれていった。
 きゃぴ子の孤独や、撫子ちゃんの「告白」を素直に受けられなかった八千代くんの本当の気持ちにも心が激しく揺さぶられた。
 どの俳優の演技も良いが、ひとつだけ挙げるとすると、鹿野を演じた桜井日奈子さんの配役は絶妙だと思う。小坂は鹿野のことをいつも「チビ」「ブス」と言っている。桜井さんは、もちろん美人でかわいいが、厚めのくちびると、少々猫背ぎみに歩く姿は、「冴えない暗めな女の子」の様子がよくあらわれていると思う。
 世紀末さん原作の四コマ漫画の一部がネットで試し読みできたので見てみると、意外なほどセリフや場面が忠実に再現されていた。約2時間の劇場用映画として、よく1つのストーリーとしてまとめたと思う。
 正直に言うと、十代をターゲットにした作品だと思い、観る前は、あまり期待していなかった。嬉しい誤算だった。人の思いや命は時を超えて引き継がれていく。この作品には世代を超えた普遍的なテーマが内在されている。
 田舎の田園風景や、古い伝統的な家屋や立派な神社の境内。それとは対照的な近代的な住宅都市の風景。舞台となっている景色はどこかで見たような気がする。エンドロールには、ロケーション協力として、千葉県立八千代西高校、香取神宮、ららぽーと柏の葉、千葉県フィルムコミッション、流山市フィルムコミッション、印西市シティプロモーション課、八千代市、香取市、柏市、つくばエクスプレスなどの名前が並んでいた。小林敬一監督が千葉県出身だからかもしれない。
【戸田 照朗】
 監督・脚本=小林啓一/原作=世紀末『殺さない彼と死なない彼女』(KADOKAWA刊)/音楽・主題歌「はなびら」=奥華子/出演=間宮祥太朗、桜井日奈子、恒松祐里、堀田真由、箭内夢菜、ゆうたろう、金子大地、中尾暢樹、佐藤玲、佐津川愛美、森口瑤子/2019年、日本
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 「殺さない彼と死なない彼女」、DVD通常版3500円(税別)ほか、発売元=ポニーキャニオン/KADOKAWA、販売元=ポニーキャニオン

©2019映画『殺さない彼と死なない彼女』製作委員会

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