web松戸よみうり / 日曜日に観たいこの一本 / 第848号（2020年4月26日）

日曜日に観たいこの１本
ホテル・ムンバイ

by matsuyomi · 2020年4月26日

　2008年に起きたムンバイ同時多発テロの際、タージマハル・ホテルに閉じ込められ、人質となった500人以上の宿泊客と、プロとしての誇りをかけて彼らを救おうとしたホテルマンたちの姿を描いている。
　作品を観ると、随分大規模で悲惨な事件だったようだが、正直記憶にない。やはり遠いインドで起きた事件として、他人事だったのだろうか。
　物語はこのホテルで働く青年アルジュン（デヴ・パテル）を中心に描かれる。アルジュンは巨大都市ムンバイに臨月の妻と幼い娘と暮らしていた。その日の朝もいつものように出勤した。ただ一つ違うのは、この日に限ってバッグから靴を落としてしまったことに気づかず出勤してしまったこと。
　一方で、まだ少年のような顔をしたテロリストたちがボートに乗って川を渡ってくる。彼らは何組かに分かれ、駅やホテルを襲撃する。彼らに指示を出しているのは、この場所にはいない男だ。電話を使って、彼らに指示を出している。
　アルジュンが働くホテルには約500人の宿泊客がいた。この街にはテロを制圧するための特殊部隊がなく、遠い首都デリーにいるという絶望的な状況。特殊部隊が到着するまで、果たして持ちこたえられるのか。悲惨な事件なので、こういう言い方は悪いかもしれないが、「ダイ・ハード」のような息もつかせぬ場面が展開する。
　宿泊客の中には裕福なアメリカ人建築家デヴィッド（アーミー・ハマー）の一家があった。おそらく現地の人だと思われる美しい妻と赤ん坊、そしてベビーシッターを連れている。この一家の運命がまた一つの物語として描かれている。どういうふうに逃げたら正解なのか。見る方の観客は「神の目」でどこに犯人がいるか知っている。だからその判断が正しいかどうかは見ている方には分かるのだが、劇中の人物には分からない。一つの判断が運命を分けることもある。
　観終わって考えたのは、やはり、イスラム原理主義についてだ。どうして神の名のもとに人を殺せるのか。少年たちを操る電話の男は「異教徒は人間ではない」と洗脳しているようだ。私は日本の比較的穏やかな宗教観の中で育った。だからどうしてもピンとこないところがある。
　物語は、テロリストの少年たちの目線でも描かれている。彼らは見ようによっては、まだ子どもだ。初めて見た水洗便所に驚いたり、客の食べ残しのピザを食べて、冗談を言い合ったりしている。そんな姿から、彼らが隔絶された田舎で育ち、本当に貧しく、無知なのだということも見えてくる。
　エンターテイメント作品としてもよくできている。ただ楽しかったとだけ言えないのは、やはりこの事件があまりに凄惨で、なぜテロが起こり続けるのかという世界の現実を垣間見せてくれるからだろう。
【戸田　照朗】
　監督・脚本＝アンソニー・マラス／出演＝デヴ・パテル、アーミー・ハマー、ナザニン・ボニアディ、ティルダ・コブハム＝ハーヴェイ、アヌパム・カー、ジェイソン・アイザックス／2018年、オーストラリア、アメリカ、インド
　………………………………………………………………………………………………………………………………
　「ホテル・ムンバイ」、ＤＶＤ＆ブルーレイ発売・レンタル中、ＤＶＤ税別3900円、ブルーレイ税別4800円、発売元＝ギャガ、販売元＝ハピネット・メディアマーケティング