日曜日に観たい この1本
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
いつもなるべく情報を入れずに作品を観て、ネタバレをしないように書くようにしているが、この作品に限っては、事前に入れておいたほうがいいと思う情報がある。
それはこの作品が「シャロン・テート惨殺事件」を下敷きにしているということだ。
シャロン・テートは1960年代に人気テレビドラマに出演し、その後映画に進出したというアメリカの若手女優。ロマン・ポランスキー監督と結婚し、移り住んだロサンゼルスの自宅で、1969年8月9日の未明、狂信的なカルト指導者チャールズ・マンソンの信奉者3人によって、家に来ていた3人の友人と、たまたま通りかかった1人とともに殺された。シャロン・テートはこの時妊娠していたという。夫のロマン・ポランスキーは仕事で海外に行っていて難を逃れた。事件はアメリカの映画界に暗い影を落としていったという。
物語は、1969年2月8日と9日、半年後の8月8日と、それに続く9日未明の約3日間が描かれる。
主人公はリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)というピークを過ぎた俳優と、彼の専属のスタントマンであり付き人を務めるクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。二人は架空の人物だが、モデルになった人物、二人のような関係の俳優とスタントマンもいたと思われる。物語は二人の日常が描かれるとともに、同時進行でマーゴット・ロビー演じるシャロン・テートの日常が描かれる。
シャロン・テートが映画館で自分が出演している映画を観るというシーンがある。自分の演技に笑いが起きる。観客の反応を見ながら、とても嬉しそうな彼女。新進気鋭の映画監督として注目を集めていたロマン・ポランスキーと結婚して順風満帆、幸せの絶頂にある。天真爛漫な彼女が、実に愛らしく描かれている。だからこそ、8月9日に向けて話が進んでいくことに観客は切なさと、ハラハラドキドキ感を味わうのだ。私は、いつものように何の情報も入れずにこの作品を観たために、ある意味、この作品の醍醐味の一つと思える部分を味わえなかった。
さて、主人公の二人だが、リックは1950年代にテレビの西部劇で主演を務めて有名になったが、中年を迎えて落ち目になり、今(69年)は主に悪役としてゲスト出演するようになっていた。そんな折、映画プロデューサーのマーヴィン・シュワーズ(アル・パチーノ)から、イタリア映画なら主役で出られるという話をもらうが、マカロニウエスタンをはなから否定しているリックは逆に落ち込んでしまう。すっかり自信をなくしてしまい、隣に引っ越してきたロマン・ポランスキー、シャロン・テート夫妻を横目に見ながら、あいさつもできない情けなさ。
一方、スターの影のような存在として生きてきたクリフは、これが悪い話ではないと思う。落ち目とは言え、リックは郊外の豪邸暮らし。クリフはドライブインシアターの裏の空き地にトレーラーを置いて、そこで愛犬と暮らしている。裕福なリックと自分を比べるでもなく、自分の状況を淡々と受け入れて、メソメソ後ろ向きに悩むリックを励ましたりもする。二人は好対照で、仕事を超えた友情もある。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」とは、「むかしむかしハリウッドで」というような意味だろうか。自身が映画マニアでもあるクエンティン・タランティーノ監督の作品には過去作品のオマージュのような場面がよく登場するが、今作ではスティーヴ・マックィーンやブルース・リーが登場する。よく似た俳優が演じていて、ちょっと笑える。ブルース・リーは当時、ハリウッドでいわゆる殺陣師(たてし)のようなアクションの演技指導をしていたという。
そんなある日のハリウッドの日常が、わりと平坦に描かれている作品の中盤、少し空気が変わるシーンがある。クリフが街で出会ったヒッピーの少女を西部劇の撮影に使われていた寂れた牧場まで車で送る。そこではヒッピーたちが集団で暮らしていた。この牧場はどこか不気味で不穏な空気に包まれている。
ここから物語は徐々にスピードを増して、怒涛のラストシーンに向かっていく。
一映画ファンからスタートしたタランティーノ監督の熱い思いが込められた一作だ。
【戸田 照朗】
監督・脚本・製作=クエンティン・タランティーノ/出演=レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、アル・パチーノ、ダコタ・ファニング、カート・ラッセル
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