本よみ松よみ堂
櫻木みわ著『うつくしい繭』
4作品からなる短篇集。「苦い花と甘い花」(東ティモール)、「うつくしい繭(まゆ)」(ラオス)、「マグネティック・ジャーニー」(南インド)、「夏光(かこう)結晶」(九州・南西諸島)というふうに、いずれもアジアの南国を舞台にした作品だ。
著者の櫻木みわさんは、2016年に「ゲンロン大森望SF創作講座」を受講し、第1回ゲンロンSF新人賞の最終候補に選出され、本作がデビュー作だという。
大学卒業後にタイの現地出版社に勤務し、日本人向けフリーペーパーの編集長を務めた。その後、東ティモール、フランス、インドネシアなどに滞在したという。
訪れた国や地域も他にあるのだろう。その土地の空気感のようなものが作品に生かされているように感じる。
4作を通じて「記憶」にまつわる話だ。それは、主人公の記憶だったり、土地の記憶だったり、死者の記憶だったりする。
舞台となるアジアの国々は、欧米諸国の植民地だった時代を経て、(インドを除いて)第二次大戦では日本軍が占領した。
SF(サイエンス・フィクション)というよりは、不思議な幻想的な話のように感じる。
「苦い花と甘い花」の主人公はアニータという少女。独立間もない東ティモールはアジアの最貧国の一つで、外国の支援なしにはやっていけない。田舎から首都に出てきたアニータは祖母と二人暮らし。両親は既に亡くなっている。アニータと祖母には都会人には失われた、〈声〉を聞くという、特殊な能力があった。
「うつくしい繭」の主人公は、現地を旅していた日本人の女性。日本でのある出来事に傷ついていて、旅行をしていたのだが、偶然知り合った人の勧めでラオスの山奥にある施設で働くことになる。その施設は世界中から選ばれた特別な人たちのために作られた施設で、コクーン・ルームという装置に入ると記憶の奥深くにアクセスでき、その人にとって最も必要なものを見せてくれるという。
「マグネティック・ジャーニー」は、主人公の「私」(女性)が知らないあいだに手帳に挟み込まれていたメモを頼りに、ある薬を手に入れるためにインドを訪れる。現地で頼ったのは小学校の同級生だったカミ。カミはあだ名で、父親が日本人で母親がマレーシア人だった。子どもの頃から磁石のように人を惹きつける魅力があり、「私」の兄とも仲が良かった。「私」は現地の美しいヒンドゥー教の寺院にも惹きつけられてゆく。
「夏光結晶」では、大学2年生のミサキが夏休みに1年生の尾木みほ子の実家がある南西諸島の島を訪れる。この島には観光客も来ない。住んでいるのは高齢者がほとんど。島には宿泊施設はなく、みほ子の「おばあ」の家に寝泊りすることになった。おばあはうどん屋を営んでいるが、店の神棚には家宝として大切にしている貝殻と透明な珠が飾られていた。この貝は図鑑にも出ていない。珠には不思議な力が秘められていた。
前半の2作は読むスピードがなかなか上がらなかった。後半の2作は格段に読みやすくなったように感じた。多分に読み手である私の力量によるところかもしれない。よしもとばななさんの「サーカスナイト」を読んだ時も、なかなか進まずに苦労した。この作品にも南国を舞台にした場面があった。
4作品を通して読むと個人の経験や記憶を超越した「人々の記憶」といった大きなテーマも見えてくる作品である。 【奥森 広治】