日曜日に観たい この1本
新聞記者
深夜の新聞社に送られてきたFAX。それは新設の大学の設置計画に関する機密文書だった。普通の大学は文部科学省の管轄だが、内閣府の認可で、国家戦略特区につくられるという。大学の運営は民間企業が行う。その企業は首相の「お友達」が経営する企業だった。
官邸の指示で大臣の子どもを大学に不正入学させたことを公にした文科省の局長の女性スキャンダルがあらゆる地域の新聞に同じ段数で同じ日に一斉に掲載された。意図的なリークとしか思えない。
女性をレイプしたライターが不起訴になった。このライターも首相のお友達。女性は勇気を出して顔を出して記者会見を行ったが、新聞はベタ記事扱い。
映画が始まって数分のうちにラッシュのように流れる事件の数々。全く同じではないが、実際に起きた事件を想起させるものばかりだ。
現実の世界では、問題は今も続く。「桜を見る会」で、またもや「公文書」「政権への忖度」「首相のお友達」という同じような構造の問題が起きている。
望月衣塑子さんが書いた『新聞記者』というノンフィクションが原案。望月さんは菅官房長官の記者会見で政権を厳しく追求した東京新聞社会部の記者だ。望月さんの態度はジャーナリストとして当たり前だと思うのだが、彼女が浮いて見えることが、この国の深刻な病理を表しているように感じる。
物語は、新聞社に送られた大学新設に関するFAXを中心に展開する。FAXの送り主はだれなのか。表紙には目を黒く塗りつぶされた羊の絵が描かれていた。
主人公の東都新聞社会部の記者・吉岡(シム・ウンギョン)はちょっと変わった経歴の持ち主。父も新聞記者で、アメリカ在任中に韓国人の母と結婚した。吉岡はアメリカで教育を受けたが、日本の新聞社に就職した。父はある出来事がもとで自殺している。吉岡には新聞記者という仕事に対して父に起因する、ある思いがある。
もう一方の主人公と言えるのが、内閣情報調査室(通称・内調)の杉原(松坂桃李)だ。内閣府には専門の職員はおらず、各省庁から出向した職員で構成されている。杉原も外務省からの出向。この内閣情報調査室という部署がなかなかエグい。公安警察と手を組んでスキャンダルをでっち上げ、政権に不都合だと判断すれば、民間人に対しても容赦なく嘘の情報をネット上にばら撒いて印象操作する。
杉原はそんな仕事に疑問を抱くようになっていた。そんな折、外務省の上司だった神崎(高橋和也)から、久しぶりに飲みに誘われる。杉原にとって神崎は尊敬し敬愛する上司だ。北京の大使館時代に、まだ新人だった杉原に「国民に尽くす」という官僚としての信念を語った。しかし、神崎はある出来事から不本意な仕事をさせられているらしい。そして数日後、自ら命を絶ってしまう。
同調圧力の強いこの国の中で、吉岡と杉原への見えないプレッシャーがどんどん増してゆく。杉原には身重の奥さん(本田翼)がいる。信念を通して上司に歯向かったら、妻と生まれてくる子どもを不幸にしてしまうかもしれない。家族を人質に取られているようなものだ。
第一線の俳優を起用して、今まさに日本で起きている問題を描いている。よくこれだけの作品をつくったものだと、製作陣と俳優陣の勇気にまず拍手を送りたい。
アメリカでは政権を批判したり、戦争(特にベトナム戦争が多い)を批判したり、という映画がよくつくられる。いろいろ問題はあるにしても、アメリカには民主主義が生きていると思える。
しかし、日本の映画で扱う悲劇と言えば(だれも傷つかない)難病ものが多い。戦争も、どこか情緒的に、被害者の側面からのみ描かれる。真正面から今起こっている問題を捉える作品というのはなかなかつくられない。学生同士や友人同士でも政治の話をしづらいというこの国の空気のようなものが、エンターテイメントにも影響しているのだろうか。興行的にも当たらないと思われているのだろう。
しかし、今作はサスペンスとしてもよくできていて、最後まで目が離せなかった。特に杉原の葛藤は、非常に人間的で、松坂桃李さんが好演している。外務省の杉原といえば、第二次大戦中のリトアニアの領事館で本国の意向に背いて「命のビザ」を発給し、多くのユダヤ人の命を救った杉原千畝さんを思い起こさせる。役名はそこから取られてのかと想像するのは深読みが過ぎるだろうか。
【戸田 照朗】
監督=藤井道人/出演=シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音、郭智博、長田成哉、宮野陽名、高橋努、西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司/2019年、日本
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「新聞記者」、ブルーレイ税抜4800円、DVD税抜3800円、発売・販売元=株式会社KADOKAWA