web松戸よみうり / 日曜日に観たいこの一本 / 未分類 / 第842号（2019年10月27日）

日曜日に観たいこの１本
グリーンブック

by matsuyomi · 2019年10月27日

　実話を基にした物語。１９６２年のアメリカ、ニューヨーク。一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒をしていたトニー・リップだが、店が改装のため一時的に閉店。収入がなくなってしまう。そんな時に舞い込んだ、黒人の天才ピアニスト、ドクター・シャーリーの運転手として８週間のコンサートツアーに同行するという仕事。　トニーは黒人と仕事をすることに抵抗があったはずだ。冒頭にこんなシーンがある。水道工事か何かで家に二人の黒人作業員が来ていた。妻のドロレスは二人をねぎらい、仕事が終わると冷たい飲み物を出した。しかし、トニーは妻の目を盗んで二人が使ったコップを汚いものでも扱うように指でつまんでゴミ箱に捨ててしまう。　コンサートツアーはまだ黒人差別が激しい南部の街をめぐる。トニーは無骨に見えるが機転が利く。用心棒としては優秀だ。この危険なツアーにドクターはトニーを必要とした。どうして、ドクターは不愉快な思いをするとわかっている南部に向かうのか。　トニーとドクターは対照的だ。　トニーはイタリア系アメリカ人。イタリア移民が多かったニューヨークのブロンクスに住んでいるが、決して裕福ではなく、他の白人から侮蔑的な言葉を投げかけられることもある。妻のドロレスは例外的に黒人差別に眉をひそめるが、他の親戚たちは差別意識を隠さない。社会の下層に生きるイタリア系移民だが、彼らは更に下層にある黒人を差別している。　そんな環境で育ったトニーにも黒人を蔑視するところがあったが、ドクターが弾く素晴らしいピアノの音色に感動し、長い時間を二人で過ごすうちに、心境に変化が生まれていく。　ドクターは若い頃に才能を見出され、ロシアの音楽学校でクラシックの英才教育を受けた。複数の博士号を持つという教養人で、カーネギーホールの上階に住み、貴族のような生活を送っている。黒人でありながら、貧困とは無縁なのだ。　物語の中盤。こんなシーンがある。車が故障して、トニーは道端に車を停めて修理していた。道路沿いの畑で働いていた黒人たちが不思議そうに、その様子を見ていた。あくせく働くトニー。車の前には優雅にドクターがたたずんでいた。　「グリーンブック」は１９３６年から１９６６年までヴィクター・Ｈ・グリーンにより毎年出版された黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブックだ。宿やトイレまで黒人と白人で分けられていた。ドクターとトニーは同じレストランで食事ができないこともある。　ドクターには深い孤独がある。どんなに才能があろうとも、ニガー（黒人の蔑称）として差別される。貧しい黒人たちのコミュニティには入れず、性的マイノリティでもある。ドクターは毎晩カティサークのボトルを部屋に届けさせるが、酒を友として孤独な夜を過ごしているのかもしれない。トニーは妻と二人の息子を本当に愛している。そんなトニーがそばにいるからこそ、ドクターの孤独がよりくっきりと浮かび上がる。　トニーの心境の変化とドクターとの友情の深まりが、妻ドロレスに送る手紙に現れている。とてもチャーミングな妻のドロレスという存在がこの作品では重要なポイントを占めている。　コンサートツアーはクリスマス前の８週間だ。ラストシーンはほっこりと温かい気持ちになった。【戸田　照朗】　監督・製作・共同脚本＝ピーター・ファレリー／出演＝ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ／２０１８年、アメリカ