本よみ松よみ堂辻仁成著『真夜中の子供』

無戸籍の少年にとって、繁華街・中洲が全てだった

真夜中の子供 辻仁成著

河出書房新社 1600円(税別)

 西日本最大の繁華街、福岡市の中洲を舞台に描かれる、「真夜中の子供」と呼ばれた少年の物語。
 警察官の宮台響(ひびき)は、9年ぶりに中洲警部交番に戻ってきた。乱闘騒ぎの取り締まりの中、見物人の中に見覚えのある青年を見かけ、苦い思いがよみがえる。それは、響が警察学校を卒業して初めて勤務した交番で気にかけていた少年、加藤蓮司だった。響が転属になった時、蓮司は7歳。今はまだ16歳のはずだが、ずいぶんと老成して見えた。
 響が初めて蓮司を見たのは真夜中の中洲だった。まだ5歳の蓮司がソープランド街にいた。蓮司の母親あかねはホステス、父親の正数はホストをしている。朝まで帰ってこない。というよりも定住先がない。一家でラブホテルの一室を借りて暮らしている。響が驚いたことには、あかねが出生届を出さなかったために、蓮司には戸籍がなかった。
 このままでは、義務教育が受けられない。響は非番の日に無戸籍児について調べ、蓮司が戸籍を取れる方法がないかと考えるようになる。
 この夫婦はとにかく酷い。食事もろくに与えず、正数は気に食わないことがあると、すぐに暴力をふるった。蓮司のささやかな願いは屋根のあるところで寝られて、食事をとれることだった。二人で働いているのだから、アパートくらい借りられそうなものだが、なかばホームレスのような暮らしをしているのが、読んでいてずっと不思議だった。
 あかねの実家は中洲に近い住宅街にあり、父親は中洲のはずれで小料理屋を営んでいた。老いた両親は蓮司をかわいがるが、積極的に助けようとしているようには見えず、どこか娘に遠慮しているような感じもする。作品の中で触れられてはいないのだが、どうしてあかねはこんなにも自分のことしか考えられない人間になったのかが気になった。
 蓮司がなんとか生きていけるのは、中洲で生きる人たちの人情があるからだ。実の親よりも、赤の他人のほうがずっと優しいという不思議さ。
 蓮司にかかわる中洲の人たちの姿が魅力的に描かれている。特に蓮司と同じ年で、中洲で暮らすもう一人の子供、緋真(ひさな)、公園で世捨て人のようにテント生活をしている伏見源太は、蓮司にとっていつも安心して隣にいられる大切な存在となっていく。
 中洲はその名の通り、博多川と那珂川に挟まれた狭い島のようなところで、船のような形をしており、19本の橋がかけられている。蓮司は中洲だけが自分が生きる場所だと思い定め、中洲の外を「外国」と見なした。中洲国の国民は蓮司と緋真、源太の3人。中洲の外には緋真が通う小学校があった。小学校は外国の話だと思うことにしていた。
 物語は前半で蓮司の5歳から7歳まで、中盤以降は響が再会してからの16歳からが描かれる。響が知らない9年間、どうやって蓮司は生きのびたのか。今は何をしているのか。
 近年の陰惨な事件を思い起こさせる状況に、憤りも覚えるが、意外にも読後感はよかった。
 中洲で働く人たちの絆をつないでいる博多祗園山笠が物語の中で重要な役割を果たしている。蓮司は偶然に遭遇した舁(か)き山の迫力が忘れられなかった。締め込みと呼ばれる褌(ふんどし)に法被(はっぴ)姿の勇壮な男たちに憧れていた。蓮司にとって山笠が希望の光となっていく。
【奥森 広治】

あわせて読みたい