崙書房出版、7月で営業終了半世紀にわたり地域の歴史・文化を出版
千葉県の歴史や地理、文化や人物などについて多くの書籍を出版してきた崙(ろん)書房出版(流山市)が7月末に50年続いた営業を終了する。読者・著者の高齢化、書店の減少などが主な理由だという。 【戸田 照朗】
弊紙で不定期に連載している「松戸周辺の城跡を訪ねて」で参考にさせていただいている、千野原靖方著『東葛の中世城郭』をはじめ、地域の文化・歴史を取材する際、崙書房出版が出版する書籍にいつも助けられてきた。
千葉県全域を主要テーマに出版されているが、東葛地域や松戸をテーマにした書籍にも名著が多い。
渡邉幸三郎著『昭和の松戸誌』は、今まであまり書かれることのなかった松戸の歓楽街、平潟遊郭について丹念に調査している。また、昭和12年の松戸宿の街並み図を長年かけて完成させるなど、労作であり、貴重な本である。
おの・つよし著『イラスト まつど物語』は、わかりやすく松戸の歴史について書かれている。内容も正確で、よく調べられている。
また、崙書房の「ふるさと文庫」が創設された1970年代後半、文筆家の北野道彦氏と旅行作家の山本鉱太郎氏が流山市立博物館友の会を創設。両氏も崙書房で多くの著作を残した。
友の会の活動は旺盛で、山本氏が会員を対象に文章講座を開き、会員が研究誌に執筆。研究誌に書いたテーマをさらに広げ、深めたものを崙書房で本にするという形で、新たな地域作家が生まれていった。
また、北野氏が私財を提供して創設された東葛地域の文化発展に貢献した人をたたえる「北野道彦郷土研究奨励基金」(北野道彦賞)では、17年間に松戸市から6つの団体と個人が受賞。受賞者の中には、崙書房の著者もいる。
崙書房は私企業でありながら、東葛地域の文化発展の一翼を担ってきた。
読者・著者の高齢化、書店の減少など理由
崙書房出版は、1970年に設立。この地域を知る上で重要な資料となる『千葉県東葛飾郡誌』『利根川図志』『新編常陸国誌』『下總國舊事考(しもうさのくにきゅうじこう)』など、幕末から明治、大正、昭和の初期にかけて出版された地誌、歴史書をフイルムにとって復刻したのが始まり。
7年後、書き下ろしの新刊を出版する「ふるさと文庫」を創設し、この時、現在3代目の社長を務めている小林規一さん(72)が入社した。
崙書房の社屋は流鉄流山駅の近くにある。小さなアパートのような建物の1階が倉庫、2階が編集室になっている。
小林さんは東京で書評を扱う新聞社で働いていたが、結婚後、松戸市の小金地区に移り住み、同社に入社した。
30年前の最盛期は7~8人の社員がいた。現在の社員は4人。社員全員で編集・制作から書店の精算、納品までを手分けして行う。30年前は年間に20冊を超える本を出版していたが、ここ10年は年間平均10冊程度。初版部数も30年前は1500~2000冊だったが、最近は700~800冊に減った。30年前、同社が取引していた千葉県内の書店は300店前後。それが今年の4月には60店にまで減った。1店舗に5冊置いてもらっても、300店なら1500冊になる。60店だと、1店舗に10冊ずつ置いてもらっても、600冊にしかならない。これでは、採算がとれない、という。同社は取次を通さず、社員が車で書店に直接本を配る。今月上旬、県内で最も遠い館山に本を届けたのが最後の配本になった。
もともと地域限定で読者が限られる上に、読者と著者が高齢化し、減少したことも大きいという。
出版した本の読者の中から、著者が生まれた。「こういうテーマでひとつの本になるのか」と思った読者が、地域の歴史や民俗、地理、自然、人物など自分の住む地域のテーマを時間をかけて調べ、本にした。
「我々のような会社は地方出版というジャンルでくくられます。東北、九州、沖縄など、東京から遠く離れた地域は、独自の文化を背景にした歴史や民俗があり、地方出版としてピッタリときます。千葉というと30分で東京のど真ん中に行ける距離。そこで、地方出版というのはどうなのかな、という思いが最初は強かった。しかし、自分が住んでいる場所を意識している人たちにとっては、東京までの距離は関係ないんですね。江戸川から利根川、手賀沼といった一帯を自分が住んでいる場所だと見直せば、利根川の舟運、手賀沼沿岸、平将門、水戸街道などのテーマが見つかります。東京中心の生活をしていたサラリーマンが定年退職して、24時間地域にいるようになったとき、地域というものがちょっと違って見えてくるのではないか。そんなメッセージを送ってきたつもりです」と小林さんは話す。
3年前のデータで国会図書館に入っている崙書房の本は850点ほどだった。それ以外の自費出版、私家本、句集、歌集などを加えると、この50年間で作った本は1000点を超えるのではないかという。
「幸いにも松戸、柏、流山、我孫子など周辺の公立図書館にはほぼ全ての崙書房の本が入っています。我々がいなくなっても、興味があったら、読んで、参考にして頂ければうれしい。会社を維持するのは大変でしたけど、楽しかった。悔いはないです。崙書房ひとりではなく、みんなの支えでやってきたと実感しています。読者、著者のみなさんには、感謝のみです」。