日曜日に観たい この1本
華氏119

©2018 Midwestern Films LLC 2018_dvd_bj2

 監督のマイケル・ムーアは本当にアメリカを愛しているのだと思う。「ボウリング・フォー・コロンバイン」(02年)ではアメリカの銃社会に潜む問題をえぐり出し、「華氏911」(04年)では、同時多発テロ後のアメリカ社会の変化とブッシュ政権の欺瞞を鋭く突いた。また、「シッコ」(07年)ではアメリカの医療保障制度の不条理を浮き彫りにした。社会や時の政権を批判すると、国を愛していないように言う人がいるが、真逆だと思う。国の将来を憂うからこその批判で、その熱量もはんぱなく高い。現状を肯定する方がずっと楽だ。ムーア監督が理想とするアメリカはその先にある。
 今回の作品「華氏119」の119は、2016年11月9日のこと。その日の未明、大統領選で民主党のヒラリー・クリントンが共和党のドナルド・トランプに敗れたことが確定した。ジャケット写真からして、トランプ批判の作品なのかと思いきや、トランプ大統領という「怪物」を生み出したアメリカ社会の「なぜ」に焦点が当たっている。
 アメリカは昔からリベラル(左寄り)の国だという。「妊娠中絶に賛成」「男女同一賃金」「環境法の強化」「マリファナ合法化」「最低賃金の値上げ」「国民皆保険」「大学の無償化」「保育の無償化」「労働組合を支持」「軍事費の削減」「メガバンク解体」「国民の大半は銃を持ってない」「アメリカにとって移民はよいと考えている」などなど、あらゆる調査で、これらリベラル的政策を支持する人が反対する人を大きく上回っている。アメリカは「銃社会」だと言われるが、銃を1丁も持っていない国民は78%。わずか3%の国民が1億6000万丁もの銃を所持している。
 過去7回の大統領選で、6回は民主党(リベラル)が共和党(保守)を総得票数で上回った。今回もヒラリー(民主党)の総得票数はトランプ(共和党)を300万票も上回っている。2人のうち1人が選ばれるという選挙なのだから、総得票数が多い方が大統領になるのが当たり前だと思うのだが、「選挙人制度」という「奴隷制度時代の古い名残」という壁に阻まれて、民意とは逆の結果が出ている。
 その上、州知事もほとんどが共和党出身者が占める。ムーア監督は、ミシガン州フリントで生まれたが、2010年にミシガン州の知事になったのが、トランプの富豪仲間であるスナイダー。スナイダーは利権に目がくらんで、フリントに鉛を含んだ汚染水が流れる民営の水道を新設。フリントの住民のほとんどは黒人やアジア人などの有色人種だった。一度体内に入った鉛は生涯にわたり体に影響を及ぼし、遺伝子を傷つけ、孫の世代にまで影響するという。緩やかな「民族浄化」。この友達の「成功」を大統領になる前のトランプは目の当たりにし、参考にしたフシがある。ムーア監督はこの生まれ故郷フリントの水問題を柱の1つとして作品を展開してゆく。
 トランプ大統領の政策は、世論とは真逆の方向を向いている。それでも政権を維持できるのは、国民の25%程度の支持を強固にしておけばいいからだ。有権者の約半数に当たる1億人もの人が投票所に足を運ばなかった。政治への無関心(うんざり感とあきらめ)は独裁へとつながる。
 ヒトラーのナチス党が台頭する前のドイツは世界で最も民主的な国で、映画やラジオ、出版、新聞といった文化が花開いていた。現在のアメリカとの、いくつもの共通点をあげて見せるムーア監督の懸念には、悲壮感すら漂っている。
 そもそも、政治への無関心を招いた責任は民主党にある。「中道」という名の妥協を繰り返し、大企業寄りで、弱者を切り捨てるような政策を取ってきた。フタを開けてみれば、共和党とほとんど変わらない政治家が民主党の中枢を占めていた。大統領選の民主党予備選では、社会民主主義的な政策を強く打ち出して若者や女性に熱烈に支持されたバーニー・サンダースを不当な方法で引きずり落とした。
 この作品では、わずかに見える「光」にもスポットを当てている。
 中間選挙の民主党予備選で、元ウェイトレスの28歳、ヒスパニック系のコルテスが立候補。民主党の有力白人男性候補を破るという奇跡を起こした。
 低賃金と過重労働にあえぐウエストバージニア州の公立学校の先生と給食係、スクールバスの運転手がストを決行。1つの郡で始まったストは全55郡に広がり、ついに州政府を動かした。
 高校での銃乱射事件をきっかけに立ち上がった高校生たちの「命のための行進」は全米700か所以上で行われ、SNSを通して、全世界100か所に広がった。高校生たちは、全米ライフル協会(銃規制を阻む強力な政治団体)から献金を受けている政治家を糾弾している。銃乱射事件の生存者、17歳のエマ・ゴンザレスが犠牲者の名前を読み上げた後に見せる長い沈黙。沈黙でしか表現できない彼女の思いに胸を打たれた。
 「これって日本でもある」。そう思い当たる問題がいくつも出てきた。民主主義は不完全な制度で、ここに映し出されている問題は、ほかの国にも通じる普遍性がある。
【戸田 照朗】
 監督・製作・脚本=マイケル・ムーア/2018年、アメリカ
 ……………………………………………………………………………………………………
 「華氏119」、ブルーレイ税抜4800円(税込5184円)、4月2日発売、発売・販売元=ギャガ

©2018 Midwestern Films LLC 2018_dvd_main

©2018 Midwestern Films LLC 2018_dvd_sub1

©2018 Midwestern Films LLC 2018_dvd_sub2

あわせて読みたい