本よみ松よみ堂
ジェーン・スー、光浦靖子、山内マリコ、中野信子、 田中俊之、海野つなみ、宇多丸、 酒井順子、能町みね子 著 『私がオバさんになったよ』
人生、折り返してからの方が楽しい。中年8人との対談
私がオバさんになったよ
ジェーン・スー、光浦靖子、山内マリコ、中野信子、
田中俊之、海野つなみ、宇多丸、
酒井順子、能町みね子 著
幻冬舎 1400円(税別)
コラムニスト・作詞家のジェーン・スーさんの新刊。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のパーソナリティで、リスナーからの相談コーナーでは、温かくも鋭い指摘で人気がある。
今回の本は、『小説幻冬』に掲載された対談を収めている。対談しているのは、光浦靖子、山内マリコ、中野信子、田中俊之、海野つなみ、宇多丸、酒井順子、能町みね子の各氏。
筆者たちは、30代後半から50代。年齢の差は少しあるが、みなオバさんとオジさんである。スーさんが「まえがき」で書いているように「人生、折り返してからの方が楽しいかもしれない」。若いころには思いもよらなかったことだが、私も立派なオジさんなので、その実感がある。
お笑い芸人の光浦靖子さん。「職業」としてブスを演じ、デビューしてからのお笑い番組の変化を振り返る。お笑いの世界も男性社会だというのは、改めて指摘されると、なるほどと思う。
作家の山内マリコさん。私は山内さんの本を読んだことがない。『あのこは貴族』という本を書くためにネイティブ東京人のことを調べたという。「東京」と「女」についての話が展開される。山内さんは地方出身で、スーさんは東京生まれ東京育ち。「地元でイケてる人は地元を出ない」という話が出てくるが、山内さんは地方といってもそれなりに大きな町の出身なのだろう。私の田舎なんか、地元に仕事がないから、イケててもイケてなくとも田舎を出るという選択肢しかなかった気がする。そんなわけでピンとこない点も多かった。「東京」の話をしているのだけど、遠い世界の話をしている感じがした。
脳科学者の中野信子さん。脳は人間の体重の2~3%しかない器官なのに、スリープ状態でも6割ぐらいの働きがあり、酸素やブドウ糖を使いまくっているという。だから選択を迫られて、脳を100%使わざるを得ない状態が来ると、イライラするし、めんどうくさい。「頭を使いたくないから、言い切ってくれる人の意見に従っちゃう」。アフリカで生まれたホモ・サピエンス(人類)が地球全体に広がる過程と「逸脱者」の果たした役割など、ほかにもいろいろな話が出てきて興味深い。
社会学者の田中俊之さん。「男性学」について話している。自殺者の7割は男性で、そこには不自然な性差がある。「男性の生きづらさと女性の生きづらさはコインの裏表です。例えば、3歳までは母親が子育てに専念すべきという『3歳児神話』は、定年までは父親が会社で働いて家族を養うべきという『大黒柱神話』とセットで成立しています」。
漫画家の海野つなみさん。ドラマとしてもヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(通称『逃げ恥』)の原作者だ。海野さんもスーさんも未婚の中年。海野さんは『逃げ恥』は「女の人の呪いについて描いたけど、男の人の呪いについて描いてなかったなとは思ってて」。後半は田中さんの「男性学」とも通じる話になる。
ラップグループ「ライムスター」の宇多丸さん。スーさんとは早稲田大学のソウルミュージックのインカレサークルで先輩後輩の関係。宇多丸さんはTBSラジオで「アフター6ジャンクション」のパーソナリティを務めており、「同僚」でもある。スーさんは大学(フェリス女学院大学)を卒業後レコード会社に勤めるが、音楽関係のサークルに入っていたことも大きいという。対談は大学時代の思い出話が主だが、宇多丸さんのもう一つの顔でもある映画評論についても触れてほしかったなと思う。
エッセイストの酒井順子さん。未婚で子どもがいない女性のことを書いた『負け犬の遠吠え』や『ユーミンの罪』など、多くの著書で知られる。スーさんの本はこの欄でも何冊か取り上げさせていただいたが、私は勝手にスーさんは酒井さんの流れをくむ人だと思っている。いまだに日本は男性社会だと思うが、私の親世代はもっと露骨な男性社会で、それを指摘(糾弾)するような女性著者の本が多かった。酒井さんあたりから、女性側の問題も書かれるようになってきたように思う。スーさんも言及するのは、むしろ女性側のことの方が多い(前述のように、この問題は男女表裏一体だと思う)。
文筆家で、自称漫画家の能町みね子さん。能町さんもスーさんも結婚はしていないが、パートナーがおり、男性が「主夫」をしている。家事をする男性に対して、自分たちがサラリーマン夫婦の夫側をやるようになり、「世のお父さんたちの気持ちが痛いほどわかる」というくだりは笑える。
それぞれの対談のほんの一部をかいつまんで紹介したが、私に刺さらなかった話も、膝を打って読む方もいるだろう。
私自身の問題でもあるので、未婚の中年が今後どうなっていくのかに関心がある。終身雇用が当たり前で、定年と老後があった親世代の人生のパターンはもはや手本にはならない。独身の人がこれだけ多いというのは明治時代以降ではおそらく例のない状況なので、社会の指標としてもスーさんの本を読んでいきたい。【奥森 広治】