外環千葉県区間6月開通
計画から半世紀 環境に配慮した道路に

多くの市民が来場した「外環松戸サバイバルパーク」(松戸商工会議所青年部提供)

 東京外かく環状道路(通称・外環)三郷南ICから高谷(こうや)JCTが6月2日に開通する。都心から半径約15㎞の地域を環状に結ぶ幹線道路の外環は、全長約85㎞のうち、東京都世田谷区から千葉県市川市に至る約67㎞が都市計画決定されており、埼玉県和光市から千葉県市川市までの約44㎞については、国道部4車線(国道298号)と高速道路部4車線(自動車専用道路)を併設する計画となっている。千葉県区間は、松戸市小山から市川市高谷に至る延長12・1㎞で、開通を目指して急ピッチで整備が進められている。

【戸田 照朗】

 

 松戸商工会議所は2月、松戸インターチェンジ付近で青年部主管によるイベント「外環松戸サバイバルパーク」を開催。大勢の市民が来場し、開通への地元の期待の大きさがうかがえた。
 外環道千葉県区間には、地域の南北方向へのアクセス、渋滞緩和、経済効果などに期待がかけられている。
 外かく環状道路の構想が生まれたのは、昭和30年代、東京オリンピックを前にモータリゼーションが進展している時代。41年から44年にかけて東京、埼玉、千葉で都市計画が決まったが、全ての区間で地域から反対の声が上がった。松戸・市川の千葉県区間は44年に都市計画が決まったが、47年に市川市議会で「凍結再検討」の決議が出され、48年には建設大臣が「県、市、住民が反対なら一時やめるべき」と国会で答弁して、一時凍結となった。同年11月には松戸市長も「外環反対」を表明している。
 当時は公害など、環境問題が大きな社会問題になっており、道路が通ることによって排気ガス、騒音、振動といった問題や、景観や日照の問題が起こるという懸念もあった。計画が突然発表されたことへの反発や、密な地域コミュニティが40メートルの幅で分離されてしまうことによる「地域分断」が起こるのでは、といった声もあったという。

外環道の構造(国土交通省のパンフレットより)

 国土交通省は都市計画を平成8年に変更。どうしても高架で通る高速道路は受け入れられないという地元の声に配慮して、延長約10㎞にわたり、半地下の掘割スリット構造という特殊な構造が採用された。地上部には、沿道の環境を守るための緩衝帯がつくられた。しかし、用地買収は難航。総工費の約4割が用地買収にあてられたという。
 また、市川市の小塚山や矢切の斜面林などの貴重な緑をどう残すかという課題もあった。小山に造られた橋では、斜面林の景観を阻害しないように遮音壁が透明板になっており、斜面林の樹木を工事でできるだけ改変しないよう工夫されたという。矢切富士見公園(矢切の斜面林にかかる高速道路の上の部分)は松戸市が借り受けて、公園を作るという。

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